江戸川乱歩

恋二題

「恋二題」は乱歩の最初期の作品で、二つの短篇「恋二題(その一)」「恋二題(その二)」からなっている。これらはのちにそれぞれ「日記帳」「算盤が恋を語る話」と改題されて単行本におさめられた。この二篇や「恐ろしき錯誤」「疑惑」などのいわばサイコ…

リーの貢献

『十日間の不思議』は『九尾の猫』や『悪の起源』よりずっと優れた作品に思われる。中心アイデアは『悪の起源』に劣らず突拍子もないものだが、舞台と人物がそのアイデアにしっくり溶け合っているからだ。近隣との交渉もあまりなさそうな地方都市に植民地開…

「深い健康」

怪談入門 (平凡社ライブラリー)作者:乱歩, 江戸川平凡社Amazon 9月2日の日記で触れた「人間性という地獄の劫火」と、ペアのように思い出される乱歩の言葉がある。「石子責め、鋸引き、車裂きなどの現実を享楽し得るものは、神か無心の小児か超人の王者かで…

おうむの復讐

外出自粛をいい機会に、本の整理をぼちぼちと進めている。ただ面白そうな本が発掘されると読みふけってしまうので整理は遅々として進まない。むしろ散らかる一方ともいえよう。発掘された本の一冊がこれ ↓ 、アン・オースティンの『おうむの復讐』である。こ…

ポーと乱歩

日本探偵小説全集〈2〉江戸川乱歩集 (創元推理文庫)作者:江戸川 乱歩発売日: 1984/10/19メディア: 文庫 ポーといえば乱歩である。少なくとも日本では。その乱歩が、ポーのストーリーを自己流に料理してみたいと思っていたということが、たしか『探偵小説四十…

シブサワ大激怒!

文学フリマに行ってまいりました。一番のお目当ては高山宏ロングインタビューが掲載されている「機関精神史」。漏れ聞く噂によれば「商業誌ではふつう削除されるような赤裸々なことも平気で載せてある」らしいので、楽しみにしていたのです。 ページを開いて…

乱歩趣味

世界推理短編傑作集5【新版】 (創元推理文庫)作者: 江戸川乱歩出版社/メーカー: 東京創元社発売日: 2019/04/24メディア: 文庫この商品を含むブログを見る 戸川安宣氏によってリニューアルされた『世界推理短編傑作集』がつつがなく完結したことを喜びたい。…

一本の毛の問題

ドラコニアの夢 (角川文庫)作者:澁澤 龍彦KADOKAWAAmazon乱歩謎解きクロニクル作者:中 相作言視舎Amazon 先に触れた『ドラコニアの夢』には、「江戸川乱歩『パノラマ島奇談』解説」も収録されている。これは角川文庫が宮田雅之の切り絵を表紙にして乱歩を出…

大予言

書物の宇宙誌―澁澤龍彦蔵書目録国書刊行会Amazon 澁澤の(乱歩みたいな)魅力が、今後も若い人のあいだに読み継がれるあろうと昨日書いた。でもそれは2006年、『澁澤龍彦 書物の宇宙誌』ですでに予言されていたことだった。昨日の日記は実に十二年間の後塵を…

胡桃の中の世界

澁澤龍彦玉手匣作者:龍彦, 澁澤河出書房新社Amazonドラコニアの夢 (角川文庫)作者:澁澤 龍彦KADOKAWAAmazon 澁澤龍彦はあまり人間という感じがしない。古生代の虫を封じ込めた琥珀。蜃気楼を吐く大はまぐり。スカラベに埋められた糞玉。そういうたぐいのもの…

短刀異見

横溝は乱歩から「本陣殺人事件を評す」を受け取って、「短刀を送りつけられたような気がしたね」と語ったという。横溝はこの手紙に「よくもオレより先に本格探偵小説を書いてくれたな」という乱歩の嫉妬あるいは敵愾心を感じ、それで短刀うんぬんと感じた、…

難解な秘密

乱歩謎解きクロニクル作者:中 相作発売日: 2018/03/30メディア: 単行本(ソフトカバー)中相作さんの『乱歩謎解きクロニクル』がついに出た! その中核となる論考である「涙香、『新青年』、乱歩」は、すでにウェブにアップされていたが、なにぶんにも長文を…

外道祭文注釈地獄

子不語の夢―江戸川乱歩小酒井不木往復書簡集乱歩蔵びらき委員会Amazon【「新青年」版】黒死館殺人事件作者:小栗 虫太郎作品社Amazon 本日付けの名張人外境ブログで中相作さんが『子不語の夢 江戸川乱歩小酒井不木往復書簡集』のことを書いておられます。実に…

文フリ新刊

いよいよ明日に迫る第二十二回文学フリマ東京。エディション・プヒプヒの今回の新刊は、乱歩の熱愛した禁断の書物『ギリシア倫理の一問題』(ジョン・アディントン・シモンズ)の抄訳です(乱歩表記では「ギリシャ道徳の一問題)」)。現在鋭意最終追い込み…

熊虎奇聞

郵便局と蛇: A・E・コッパード短篇集 (ちくま文庫)作者:A.E. コッパード筑摩書房Amazon 明日は『郵便局と蛇』の発売日みたいなので、コッパードにちなんだ小ネタをひとつ。乱歩という人は感銘を受けた小説の場面を自作に紛れこませることがある。「虫」には…

あなたは読者で犯人

かくも水深き不在作者:竹本 健治新潮社Amazon 一人称で書かれたミステリで、犯人は「わたし」だったというものがある。クリスティの某作みたいな「記述者が犯人」とは違う。どこが違うかといえば、「わたし」自身も、自分が犯人であることを、探偵に指摘され…

二十面相は逃げたか?

* 乱歩は私が小学校上級のころ、はじめて「少年倶楽部」に「怪人二十面相」などの子供ものを連載した。三作くらいつづいた。これがすこぶるおもしろく、十一歳年上の兄までが読み、 「今月はどうなった? 二十面相はやっぱり逃げたか」 などと言ったりした…

娯楽としての悪意2

愚行録 (創元推理文庫)作者:貫井 徳郎東京創元社Amazon ミステリ、それもいわゆる本格ミステリの犯人を精神異常者に設定するのは、作中で幼児が殺されるのと同じくらいに興ざめなものだ。かの大乱歩も「殺人などしそうもない者が犯人だというのが探偵小説の…

顔のない死体後日談

歴史〈上〉 (ワイド版岩波文庫)作者:ヘロドトス岩波書店Amazon ヘロドトス『歴史』第二巻にあるエジプト王ランプシニトスと盗賊の物語は、乱歩によほど感銘を与えたのだろう。世界最古の「顔のない死体」トリックとして、『江戸川乱歩全集 第27巻 続・幻影城…

アララテ再説 

アララテのアプルビイ (KAWADE MYSTERY)作者:マイクル・イネス河出書房新社Amazon 「アララテのアプルビイ」を一読して、どうもこれに似たものを過去にも読んだことがあるなあ……と何かひっかかっているような気持ちだったが、今日ようやくその正体がはっきり…

L氏と乱歩

「……ポオの短篇の内で、前々から是非使って見たいと思っていた筋が二つある。一つは『ホップ・フロッグ』もう一つは『スフィンクス』である」と乱歩は『踊る一寸法師』の自作解説で述べている。『ホップ・フロッグ』からは『踊る一寸法師』が生まれたが、乱…

七竈なかったあった

うつし世の乱歩 父・江戸川乱歩の憶い出作者:平井 隆太郎発売日: 2006/06/16メディア: 単行本 今日は七竈の発売日のはずだがどこの書店にもない。おかしい、もうエイプリルフールから何か月もたっているのに。三省堂本店の検索機械で調べてみようとしたら、…

マッケンの失われた草稿

火星の運河 (角川ホラー文庫)作者:江戸川 乱歩角川書店Amazon 乱歩の一側面をうまく切り取ったアンソロジーである。この本で見られる乱歩は「理知的探偵小説」を目指した偉大な先駆者ではないし、巷間誤解されたところのエログロ三昧親父でもない。それでは…

白の恐怖

http://blog.bk1.co.jp/genyo/archives/2005/08/post_292.phpこの表紙絵は素晴らしい。第一次講談社版全集の横尾忠則イラストを意識しているのではないか。そういえばこんな真っ白なスーツは、乱歩自身が着ていた。全然似合わない白スーツ着て、恥ずかしい姿…

理想の女

江戸川乱歩全集 第17巻 化人幻戯 (光文社文庫)作者: 江戸川乱歩出版社/メーカー: 光文社発売日: 2005/04/12メディア: 文庫この商品を含むブログ (14件) を見る 「ささやかな短篇で、たとえば、メリメの如く、カルメンからコロンバへ、さらには人を殺すヴィナ…

「子不語の夢」とフリードリッヒ・フレクサ

子不語の夢―江戸川乱歩小酒井不木往復書簡集乱歩蔵びらき委員会Amazon 「子不語の夢」をぼちぼち読んでいます。こういう本を一気に読むのは勿体なさすぎる。 書簡から看取される乱歩・不木の人格的な大きさにも心を洗われるような気がするが、本書の読みどこ…

天城一の密室犯罪学教程 ISBN:4535583811

これまでアンソロジーに収録された数編しか読んでいなかった拙豚にとって、この本は実質的な天城一初体験であったが―― 一読して腰を抜かした。これは断じて一部マニア向けの本などではない。日本ミステリ史の里程標となるべき作品集だ。実際、本書は二つの点…

ゴシックよもやま話(1)〜『地獄風景』

伝奇ノ匣のゴシック編は全三巻になるそうだ。7月には高原英理氏の「ゴシック的思考」も出る。まことに慶賀にたえない。この機会に拙豚もその驥尾に付し、ゴシック小説への偏愛をポツポツと語らん。 で、「地獄風景」であるが、巷ではこの作品は「パノラマ島…

『江戸川乱歩全集第4巻 孤島の鬼』(光文社文庫)

この巻には、「猟奇の果」の流布本と異なる結末が異文(ヴァリアント)として収録されている。これが本書最大の目玉といってよかろう。 この「もうひとつの結末」は、新保博久氏の解説によると、終戦直後の仙花紙本時代、知り合いの出版社の求めに応じ「猟奇の…

『生体埋葬(バリード・アライブ)』(その2)

かくて黒死館は、エルンスト『百頭女』ISBN:4309461476と同質なコラージュ・ロマンと見ることもできよう。即ち他から採集してきた素材の切り貼りによって一篇の暗黒小説を作り上げようとする試みである。序文でこの小説を「夥しい素材の羅列」と喝破した乱歩…