理想の女

 

 
「ささやかな短篇で、たとえば、メリメの如く、カルメンからコロンバへ、さらには人を殺すヴィナスの像へ、つつましく、生長しつづけて行く彼の恋人、理想の女を見たまえ」と安吾はあるエッセイの中で書いている(ちくま文庫版全集15巻p.202)。乱歩の理想の女もまた、「火星の運河」〜「お勢登場」〜「陰獣」とつつましく生長を続けていき*1、その最終到達点がこの「化人幻戯」であった。この作品は必ずしも世評は高くないようだが、やはり乱歩の傑作の一つに違いないと思う。
ところでナルシスト乱歩にとって、理想の女は同時に理想の自画像なのでもあって、したがってその探求は、「オレという人外の生き物は一体何者なのだろう」という疑問とともにあった。その答えはすでに、実際に夢をもとに書かれた若書きの一人称作品「火星の運河」において大いなるヒントが与えられていた。自作への嫌悪から、自分自身を欲求不満のヒステリー女に仮託して描いたと言われる「陰獣」もまたいいところを突いていた。しかしこれとて求めていた正解ではない。あまりに自虐的であるし、何より本格作品を愛する自分と変態の自分が二つの人格に――語り手と犯人に――分裂してしまっている。
そして「化人幻戯」。ついに見出された自画像。犯人の最後の言葉は「うつし世」を生きる乱歩の本音でもあったろう。この自画像あってはじめて、大傑作とはとても言いかねる『赤毛のレドメイン家』や『エンジェル家の殺人』になぜ乱歩があれほど入れ揚げたかという謎は解けると思う。
 

*1:「芋虫」を忘れてた!…2005.12.16追記