仕事始め!

 誰かが澁澤龍彦を語った文章で、「日本人っていうのは結局モーレツ主義なんだよ!」と自嘲しながら澁澤が旅先でも仕事をしていたという話を読んだ記憶がある。ひょっとしたら贋の記憶かもしれないけれど、かの澁澤にしてそうなのだから、拙豚ごときが一杯機嫌で元日から仕事を始めるというのもまことに無理からぬことであろうと思う。新年最初の仕事はさる雑誌から依頼された(というか、正確には、こちらから「翻訳させてください!」と頼みこんだ)さる短篇である。

 てっきり本邦初訳かと思っていたら、ネットサーフィン(死語か?)しているうちに、業界の大先達による既訳があることを発見してしまった。これには少なからず凹んだ。でも落ち着いて考えてみたら、まあそりゃそうだよね……これほどの傑作が今まで誰の目にもつかなかったわけがない。

 しかしその大先達の既訳が載ったのは30年近く前のマイナー雑誌で、国会図書館にも日本近代文学館にも所蔵がない超稀覯資料である*1。もう一度日の目を見させるのも無駄ではあるまい、と気を取りなおしてふたたび机に向かうのであった。
 

*1:【追記】大宅壮一文庫にはあった! さすがだ。

仕事納め!

 去年の夏あたりからずっとやっていた翻訳がようやく完成しました。一行45字一ページ19行で印刷すると1200ページを越えるという大作です。
 
 
f:id:puhipuhi:20201230071859p:plain
 
 
 身代金の受け渡しなんかでは上と下だけが本物のお札であとは全部白紙というのがあるみたいですが、この画像は違いますよ! 全ページぎっしり文字がつまっています。
 
 分量が分量なので、そしてコロナの影響もあると思いますから、本になるのは早くて再来年あたりだと思います。『ワルプルギスの夜』や『怪奇骨董翻訳箱』のときは、『〇ャ〇全集』とどちらが早く出るだろうと手に汗を握りながらもかろうじて辛勝してきましたが、今度という今度はひょっとすると負けるかもしれません。

予言大的中

マルセル・シュオッブ全集

マルセル・シュオッブ全集

 二か月ほど前のブログで「いつまでもあると思うな国書本」と注意を喚起したら、その言葉が讖をなしたか、なんと本当に『マルセル・シュオッブ全集』が品切増刷未定になってしまった!

 でもまだまだ遅くはない。書店在庫はかなりある模様。おりしも今日はクリスマスイヴ、男子諸君におかれましてはこの全集をどーんとプレゼントすれば、彼女が大喜びすることはうけあいである。ツイッター界隈では時節柄カナル4℃のニュースでにぎわっているようだが、その点『マルセル・シュオッブ全集』なら鉄壁の安全牌といえよう。

あとのあとになって

 「あとになって」と題したほぼ一年前の日記で、鈴木信太郎訳ヴィヨンの「疇昔の美姫の賦」の中の「疇昔」の読みがわからないという話をした。どういうわけか現行の岩波文庫『ヴィヨン全詩集』では「疇昔」にルビをふっていないのである。

 ところが押し迫る年末に向けて書庫の整理をしていたら、鈴木信太郎著『詩人ヴィヨン』(岩波書店、昭30)という本が出てきた。そこでは嬉しいことに、「疇昔」にルビがふってあった!


f:id:puhipuhi:20201223170930p:plain


 なるほど「いにしへ」だったのか……。でも言うてはなんだが、「いにしへ」だとあまり面白くはないね。やはりここは「そのかみ」でないと。でもこれが最終稿とはかぎらない。この後で「そのかみ」に変えた可能性は残っている。いやそうであってほしい。

遍在するシャーロキアン

スペイン語大辞典

スペイン語大辞典

  • 発売日: 2015/09/25
  • メディア: 単行本


 訳あってスペイン語の辞書を穴の開くほど読みまくる日々が続いている。今日も土曜だというのに朝早くから白水社の『スペイン語大辞典』とにらめっこをしていたのだが、思わずわが目を疑う例文に出くわした。"recordar"(英語の "remind" に相当する語)のところにこんな例文があったのだ。


f:id:puhipuhi:20201205101836p:plain


「君を見ていると君のお母さんを思い出すよ」とか「彼女の目はまるで2つの輝く星のようだ」などは、まあ辞書の例文にありがちなもので、面白くもなんともない。問題はその次だ。「その事件はギリシア語通訳の事件と似ている」——えっ何これ? これが世間でいうところの「案件」というものなのだろうか。

汝90°以上開く勿れ

f:id:puhipuhi:20201204085721p:plain


 すでにあちこちで話題の『ダフォディルの花』をようやく入手した。装丁といい内容といい、帯に書いてある「うつくし、うつくし、うつくし」が素直に首肯できるような本だった。

 しかし一つだけ残念なのは、綴じが網代綴じであることだ。この造本とこのページ数で網代というのはちと無謀ではあるまいか。

 本を大切にする人はページを九十度以上開かないという。中には四十五度以上開かない人もいるらしい。あるいは全然開かない人もいるらしい。だが日頃思い切りページを開いている人も、この本にかぎっては、240ページと241ページのあいだは九十度以上開かないほうがいい。さもなくば大いなる災厄が汝を見舞うことであろう。まあこういうのは当たり外れがあるから、たまたまこちらが綴じのゆるい本に当たっただけなのかもしれないが……

 こんどIさんに会ったら、「Nさんの次の本は糸綴じにしてください」とお願いしてみようかしらん。それともやはりわたしから言うのは変に思われるだろうか。

 

暮し方を変えてしまう

f:id:puhipuhi:20201124180207p:plain

『観念結晶大系』を読んだ。しかしこれは読後ただちに小賢しくあれこれ感想を述べるような本でない。ふと思い浮かんだのは「暮しの手帖」のキャッチフレーズだ。


これは あなたの手帖です
いろいろのことが ここには書きつけてある
この中の どれか 一つ二つは
すぐ今日 あなたの暮しに役立ち
せめて どれか もう一つ二つは
すぐには役に立たないように見えても
やがて こころの底ふかく沈んで
いつか あなたの暮し方を変えてしまう
そんなふうな
これは あなたの暮しの手帖です