『蘭の苑傑作選1』訳者あとがき

*以下の文章は2026年5月4日の文学フリマ東京で頒布予定の『蘭の苑傑作選1」に付した訳者あとがき全文です。

 訳者あとがき 『蘭の苑』について

 この本でお読みいただいた四篇は、『蘭の苑』 (デア・オルヒデーンガルテン Der Orchideengarten) から選んだものです。この雑誌は第一次世界大戦の敗戦後まもない一九一九年から二一年にかけて、ミュンヘンで刊行され、大きさはいわゆるベッドシートサイズ(今でいえばA4版くらい)、本文二段組、広告ページを除いたページ数はおおむね十六‐二四ページでした。一九一九年には十七冊(うち一六/一七号は合併号)、二〇年には二四冊、二一年には十冊(うち九/一〇、一一/一二号は合併号)と、訳者が確認できたかぎりでは計五一冊(号数でいえば全五四号)が刊行されています。また創刊に先立って前年一九一八年に創刊準備号が刊行されたとする文献もあります。
 編集発行責任者 (Herausgeber)はカール・ハンス・シュトローブル(1877-1946)、編集長 (Schriftleiter) はアルフ (アルフォンス)・フォン・チブルカ(1888-1969)。二人とも本業は作家で、この『蘭の苑』にもたびたび自作を寄稿しています。
 この雑誌はたびたび「世界最初の怪奇小説専門誌」として言及されてきました。マーク・アシュリー『SF雑誌の歴史 パルプ編』(東京創元社)には「世界最初のファンタジイ雑誌の栄誉を担う最有力候補」、荒俣宏『怪奇文学大山脈』の第三巻・諸雑誌氾濫篇 (東京創元社)には「おそらく世界で初めて怪奇文学に特化した文芸美術雑誌」と書かれています。またフランツ・ロッテンシュタイナーの『ファンタジー 【幻想文学館】』(創林社) にも、邦訳では割愛されているものの、同様の記述があります。 事実アメリカの『ウィアード・テールズ』は一九二三年創刊ですから、それに四年先駆けています。
 『蘭の苑』と『ウィアード・テールズ』は、ほぼ同時期に発刊された大衆向け怪奇小説専門パルプ誌という他にも、いろいろ共通点があります。第一に表紙を美麗にし、挿絵をふんだんに入れ、それを雑誌の個性としたこと。WTの魅力がヴァージル・フィンレイ、ハネス・ボク、フランク・ウトパテルらの画業と切り離せないのと同じく、『蘭の苑』も、オットー・リンネコーゲル、オットー・ムンク、エルフリーデ・プライヒンガー‐コルテリなどの画家が誌面の雰囲気づくりに貢献しています。第二に愛読者あがりのアマチュア作家を積極的に起用して購買層との距離を縮めた——つまり今現在の読者が求めるものを誌面に反映できるようにしたこと。第三にその一方で「ウィアード・テールズ・リプリント」のような形で文学性の高い古典をほとんど毎号掲載し、いわば指針としたことです。これほど類似の特色をもつ怪奇小説専門誌が、ドイツとアメリカという、国民性も時代的状況もかけ離れた二国で同時代的に創刊されたのは面白いことです。
 しかしそればかりではありません。日本でもこのころ——つまり大正の終わりから昭和初年にかけて——江戸川乱歩の初期作品が『新青年』を賑わす猟奇の時代がはじまりました。会津信吾は『戦前日本モダンホラー傑作選 バビロンの吸血鬼』(創元推理文庫)の序文で「昭和 (戦前期) モダンホラー」という概念を提唱しています。氏の要約によればそれは「近代社会で近代人が遭遇する、近代以前には存在しない事物がもたらす近代的な恐怖」を表現した作品です。炉端で語られる、過去の因縁が大きな要素を占める昔ながらの怪談とは対極にあるものといっていいでしょう。またそれは大正から昭和前期にかけて一つの文芸思潮となったモダニズム——おそらくは稲垣足穂に代表される、伝統と離れ、時代の空気を自らの文学の糧とする運動——の通俗怪奇的変奏といっていいかもしれません。
 フランスでは、この時期に、グラン・ギニョル座が第三代支配人カミール・ショワジーの手で最盛期を迎え、アンドレ・ド・ロルドやモーリス・ルヴェルが活躍していました。外科医や精神科医、あるいはマッド・サイエンティストなど、近代的恐怖を体現する者たちが跳梁し、情緒らしい情緒も、おどろおどろしい雰囲気の盛りあげもなしにいきなり残虐なシーンになる、やはりモダニズム的恐怖が大衆の人気を博していました。
 話をドイツと『蘭の苑』に戻しますと、この雑誌の誌面に漂う荒んだ感じ——場末の街角のような感じ——は同時期の表現主義の作家や詩人たち——ゲオルグ・ハイム、ミュノーナ、ゴットフリート・ベン、あるいはフランツ・カフカ等の面々と共通するものがあります。『蘭の苑』はこの時代の心象風景をホラー/エンターテインメント面から映し出す鏡になっているのです。表現主義——それは当時のドイツを席巻していた文学運動で、当時家族とともにヨーロッパに滞在し、ウルトライズムなる文学運動を立ちあげようとしていた青年ボルヘスも、この表現主義の詩をさかんに翻訳していました。そしてその途上で、当時はほとんど無名だったカフカを見出したのでした。
 しからばその表現主義とはどんなものでしょう。戦前ウィーンの代表的文芸批評家ヘルマン・バールは『表現主義』というエッセイでこう述べています。「われわれが体験しつつあるすべてのことは、この人間奪還のための戦い、機械とのすさまじい戦いにほかならぬ。……ひとつの時代がこれほどの恐怖に、これほどの死の恐怖におののかされたことは、かつてなかった。……芸術も、ともに叫ぶ。芸術は、精神をもとめて叫ぶ。これが表現主義だ」
 この表現主義の定義には、先に引用した会津信吾による昭和モダンホラーの定義と妙に通じ合うものが感じられませんか。それもそのはず、ヘルマン・バールの訴える、われわれの日常に現われる非人間的なもの、人間ならざるものとの遭遇、そして戦い、これはすでにしてホラーの領域に他なりませんから。
 しかし純文学にとっての真摯なテーマが、怪奇小説ではエンターテインメントすなわち娯楽になってしまう。考えてみればこれは不思議なことです。
 これに関して三島由紀夫が『不道徳教育講座』で面白いことを書いています。三島は蟹がとても怖かったそうですが、その弁解として彼が言うには「人間、生きるためには、下らんものを怖がっているほうがよろしい。人の心の抱く恐怖の分量などは各人大体同じだから、下らぬものを怖がっていれば、恐怖の全分量がそれで一杯になってしまい、死や水爆や戦争に対する恐怖を免れる。そういう圧倒的な、のしかかってくる恐怖から自由でいられる。そのおかげで、現在における自分の自由を確保できるのです」ホラーを蟹や蜘蛛と同列の「下らんもの」に入れると怒られるかもしれませんが、ともかくそれを恐がり、そこに自分の全恐怖を蕩尽できれば、三島由紀夫説によれば、破滅の種を宿しているような時代においても「自分の自由が確保できる」すなわち精神の健康が保たれるのです。
 さらにいえば、恐怖はその感情移入性が抜群であることが挙げられましょう。これはユーモアと対比してみればはっきりするかもしれません。外国のユーモアやジョークは往々にしてどこがおかしいのかわかりません(これをテーマにしたネルスン・ボンドの「SF作家失格」という名短篇がありました)。ところが恐怖は違います。西洋人が怖いものはたいてい日本人も怖い。また恐怖は国境を越えると同時に時代も越えます。たとえば近松の「国性爺合戦」に出てくる思いきった胎児入れ替えトリック(?)は、数百年の時を一瞬で溶解させる力を持っています。
 むだ話が長くなってしまいました。最後に本書に収録した作家と作品についてわかった範囲で記します。

◇エルンスト・カール・ユール「死んでいるのか」【一九二一年第八号掲載】
 作者の経歴は不詳。アマチュア作家だったのかもしれません。この作品では患者に催眠術をかけようとした医師が逆にかけられそうになり、自分の医師としての資質を疑うという面白い着想を扱っています。岡本綺堂の不合理怪談を思わせないでもない不思議な話です。また深読みすれば一柳廣孝『催眠術の日本近代』(法蔵館文庫)で描かれた当時の催眠術の表裏両面——オカルトがかった在野催眠術(娘の立場)とアカデミックな技術としての催眠術(医師の立場)の戦いが書かれているともいえます(そして医師が負けるのです)。

◇レーオポルト・プライヒンガー『シャーロク・ホームズ最後の冒険』【一九二〇第一四号掲載】
 作者は当時の人気作家で、『蘭の苑』に最も多くの作品を寄稿しています。残念ながらシュトローブルやチブルカと同じ道をたどり、国家社会主義ドイツ労働者党(NSDAP)に入党してしまいました。そのせいかどうか、今はほとんど顧みられていません。モーリス・ルブランがホームズの名前を少し変えて「エルロック・ショルメス」としたように、この作品の探偵名も、Sherlok Holmesと「シャーロック」の"c"が故意に落としされています。「あの有名なホームズとは別人ですよ」というエクスキューズかもしれません。犯罪者と探偵の関係について、ブラウン神父めいたパラドックスが語られるのが面白いところです。そういえば探偵小説の源流のひとつとされる回想録を残したヴィドックも探偵に転身した犯罪者でした。

◇レオンハルト・シュタイン「自動ピアノ」【一九一九年第六号掲載】
 この人の経歴も調べがつきませんでした。ただ、ロベルト・N・ブロッホの幻想文学書誌「Bibliographie der Utopie und Phantastik 1650-1950」によれば、一九一八年に怪奇小説とおぼしい単行本を三冊出しています。ヨーゼフ・ロートの小説でおなじみの東欧のうす汚れたホテル、そこにたむろする東欧系ユダヤ人の描写に接すると、「ああまたここに来たな」と懐かしい気持ちになります。
 
◇カール・ハンス・シュトローブル「ビザンチンの硬貨」【一九二〇第六号掲載】
 マイリンク、エーヴェルスと並んで二〇世紀初頭の怪奇小説三巨頭のひとりに数えられるシュトローブルですが、『レムーリア』(一九一七)に収録された初期短篇を除いては今では顧りみられていません。中後期の作品は「安手のジャーナリズムを思わせる弛緩した文体、読むにたえないドイツ崇拝」(ライン・A・ツォンダーゲルト)というのが一般的な評価のようです。ここに訳出した「ビザンチンの硬貨」はいわば過渡期の短篇ですが、ストーリーは悪夢としかいいようのないほどつじつまが合わず、思い切り破綻しています。しかし他の三篇と並べると妙にしっくりとなじんでいて、『蘭の苑』独特の雰囲気づくりに貢献していると思いませんか。

「ガラスの鐘」訳者あとがき

*以下の文章は2025年11月23日の文学フリマ東京で初頒布したヘルベルト・ローゼンドルファーの「ガラスの鐘」に付した訳者あとがき全文です。

 ミステリ——正確にいえばいわゆる「本格」ミステリでは、事件の謎が最後に完全に解かれます。しかしときには、謎の強度があまりに強すぎて、完全に解かれはしたけれど(そしてとても面白かったけれど)何か満足できないものが読後に残る。そういうこともあります。別に変なことではなく、ミステリ中毒の初期症状として一般的な現象ともいえましょう。

 謎の強度がいかなる解決よりも強すぎる典型は密室という謎でしょう。「密室なんか過去の遺物だよ」と馬鹿にされながら、今もなお密室ミステリは飽かずに書かれ、新しい解決が案出されています。なぜ、たとえば「針と糸で細工した」だけで作者や読者は満足できないのでしょう。なぜ「この解決は確かにすばらしい。だがもっと他に何かあるはずだ」という思いが、作者や読者を新しい密室ミステリに向かわせるのでしょう。

 一愛好家として思うに、それはこういうことではないでしょうか。われわれは密閉された室内でも人は殺されることがあり得るということを先験的に知っていて(それは幽霊屋敷の遠い記憶かもしれませんし、何か別のものかもしれません)、しかし同時にそれが不条理なことも知っていて、その二つの葛藤が人を謎の解決に駆りたてるのでしょう。でも謎のあまりの強度ゆえに葛藤は読後も解消されず、それゆえに、どんなに卓抜な解決が出ても「いやそれは違うのだ」という思いは消えないのではありますまいか。それは次々女を攻略してもなお満足しないドン・フアンのようでもありますし、何度悪魔祓いをしてもしつこく出てくる悪魔のようでもあります。

 密室と並んでミステリ界で人気あるものの一つに「そして誰もいなくなった」テーマがあります。ちょっと意味内容は異なりますが「吹雪の山荘」とか「クローズドサークル」とも呼ばれます。ある集団の構成員が、閉鎖的な環境の中で、一人また一人と死んでいくあのタイプの作品です。

 これもまた強烈なサスペンスを生む謎ですが、ミステリ本来の謎では必ずしもありません。クリスティの『そして誰もいなくなった』の当初のタイトル "Ten Little Niggers" がマザーグースからとられているように、その発想はずっと古いところにあるようです。密室と同じように、やはり心の底で「そういうこともあり得るのだ。なぜかはわからないけど」という思いが読者の中にたぶんあって、そのためやはり飽かずに書かれ読まれているのでしょう。単に「スリルとサスペンスを盛り上げるための道具立て」を越えたものがそこにはあります。


 この「ガラスの鍵」は、そうした「そして誰もいなくなった」タイプの謎を、解決は思い切って放棄して、その魅力のエッセンスだけを抽出してできたような作品です。

 この作品は作者の第一短篇集に「カフェ・ヒポドロームの物乞い」や「人殺しのいない人殺し」などとともに収められました。作者ヘルベルト・ローゼンドルファーについては、『廃墟建築家』の訳者あとがきを参照していただければと思います。ちなみにタイトルになっている「ガラスの鐘」は、骨董品などを保護する釣鐘形のガラスケースで、『メルヒオール・ドロンテの転生』を読んでくださった方なら、冒頭に出てくるエヴリの人形を収めた容器として覚えていてくださっているかもしれません。ちなみにシルヴィア・プラスの本のタイトルになっている「ベル・ジャー (Bell Jar)」も同じものを指します。

 ところでこの作品は、一人一人死んでいく話であると同時に、生き残っている人たちがだんだん変になっていく話でもあります。軍隊にかぎらず、外界との連絡を絶たれて孤立した集団がどんどん変になっていく話は、日本にもアメリカにもイギリスにもあります。今これを読んでいる方もきっといくつか例を思い出すでしょう。

 面白いのはその「変になり方」にお国柄があらわれているところです。アメリカの人はアメリカ風に変になり、けして日本風に変にはなりません。それどころか日本国内でも差はあって、たとえば赤染晶子の「うつつ・うらら」(palmbooks『初子さん』所収)はちょっとこの「ガラスの鐘」を思わせる佳篇ですが、この作品でのおかしくなり方は、東京でも大阪でもありえない、やはり京都でしかありえないと思わざるをえません。

 同様にこの小説の「変になり方」はアメリカ的でも日本的でもなくオーストリア的であります。どこがオーストリア的なのかと聞かれても、実はこれを書いている今でもうまく把握できていません。しかしともかく本格ミステリ的なものとは全然逆の方向を向いているのは確かです。そのためかどうか、冒頭で誰も撃っていないのに一人が銃の擦過傷で倒れるというディクスン・カー的な不可能状況が起きても、まったくミステリらしい展開にはならないまま、「そして誰もいなくなっ」てしまうのです。

 オーストリアの人が本格ミステリを書こうとすると珍妙になってしまいがちなのはこの根っからの奇矯さのせいかもしれません。合理的思考を貫こうとすると「合理の非合理」に我慢がならず「非合理の合理」に走ってしまうというか……。たとえばレルネット=ホレーニアの『両シチリア連隊』がそのよい例でしょう。もっとも現代ミステリは大分違ってきているようですが。
 

文学フリマ御礼


 
文学フリマに来てくださった方ありがとうございました。おかげさまで売り上げも上々でした。(だいたい30部作れば売り切れ、40部作ると余るというのが例年のパターンで、これは会場が広くなっても、あるいは東京でも大阪でもあまり変わりません)

ただ会場が広すぎるためもあって他の方のスペースをあまり回れなかったのが心残りです。義理を欠いた形になってしまったかもです。どうもすみませんでした。

会場でのアナウンスによると来年秋の会場はビッグサイト(東京国際展示場)になるそうです。うーんどんなもんだろう。夏は暑く冬は寒く、おまけに駅からも遠い(ゆりかもめなら少しまし)という年寄りにはつらいところです。コミケではないので異臭が蔓延したり天井に雲がただよったり人がぶつかって来たりすることはないと思いますが……

(画像は本を作るとき大活躍するピラニア印のノコギリ)

明日は文学フリマ

いよいよ明日に迫る文学フリマ東京。今回は気合を入れていつもより倍のスペースをとりました。

当日売る本を紹介します。まずは『教皇ハドリアヌス七世』邦訳記念(便乗ともいう)に、七年ほど前に出した「聖ルイジの百合について」を判型を若干変えて復刊させました。イタリアの少年が「旦那さま」に土地の逸話を語る『トト物語』の中の一篇です。つまりここではシェエラザードがみずみずしい少年となっているのです。(500円)


 
次は畏友素天堂・山口雄也氏の追悼出版として、故人の好きだった作家ヘルツマノフスキー・オルランドの短篇。この前の大阪初売りの本ですが、東京バージョンとして装丁を若干変えてあります。(500円)


 
そしておなじみのボルヘス本(900)円


 
その他いろいろとりそろえております。明日は皆さんよろしくご来場ください。スペースは第2展示場そー39・40です。第1展示場と第2展示場は別棟なのでお間違えなきよう。会場関係のその他の情報はこちらにあります→(文学フリマ東京37 – 2023/11/11(土) | 文学フリマ

チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク


 
もうかなり前の話になってしまったが、ある少年が「なぜ人を殺しちゃいけないんですか」と発言して世間が騒然となったことがあった。それをテーマにした新書も出たように思う。元首相が横死したときこのテーマが蒸し返されるかなと思ったが、それはなかったようだ。

この小説に出てくるロボット「チク・タク」にはアシモフ回路なるものが組み込まれていて、人は殺せないようになっているはずだった。ところがなぜか人を殺せてしまう。どうしてだろう? とチク・タクは自問し、けっきょく「アシモフ回路」なるものは技術者がでっちあげたまやかしではないか、そんなものは最初から存在しなかったのではないか、と推測する。これがこの小説のカンドコロかなと思うけれど違うだろうか?

ともあれチク・タクはロボットだから「なぜ人を殺すのか」と悩みはしない。人間への同情心も持っていない(自分を助けてくれた者の左目を撃つところなど圧巻)。もしこれが人間だったら完全なサイコパスである。だがロボットだから、サイコパス特有の性格の歪みは感じられない。むしろ黄金期アメリカSFの名残のような楽天性がチク・タクには感じられる。そこが変てこであるが面白い。

ともあれチク・タクは汚いゴミでも掃除するように人を殺しまくる。きれい好きなのである。これが伏線になっている。このことは最初の場面でチク・タクとその主人である家庭の主婦の会話のなかでさりげなく提示されている。だが最初の殺人の動機はもとより、「なぜ警官がそこが犯行現場とわからなかったのか」の謎まで、これで解明できる。ここらへんはさすがに『見えないグリーン』の作者だなあと思った。

以下は余談なのだが、ある方のウェブサイトに、購入した本と裁断してpdf化した本の記録が毎週載っている。それを見るとこの『チク・タク (以下略) 』は購入の一週間後に裁断されている。うわあ一週間しか本の形をとどめなかったのか、実にこの本にふさわしい処遇だなあと一瞬思ったが、よく見ると同じ本を版元から献呈されてダブリになったための処置のようだ。たいへん失礼しました。

文学フリマ大阪御礼


 

昨日の文学フリマ大阪に来てくださった方々、どうもありがとうございました。主催者の発表によると今回の入場数は四千人を上回る過去最高になったとのこと。なにしろ一時間前から開会を待つ人々が長蛇というもおろかな、はるかに延々と続く列を作っていたのですよ。会場整理に大わらわだったスタッフの皆さま、お疲れさまでした。

「ふっかつのじゅもん」を唱えて作った再刊本は十四冊が一時間ほどで完売。まさかこんなに人気があったとは、と驚きました。山羊に食わせるほど作った新刊もおかげさまで半分くらい売れました。大阪の人たちの度量に感謝です。会場でほとんどの方がマスクをつけているのにも感心しました。退屈のあまり乳母車から足をのばして展示品をつんつんしている幼児とか面白い見ものもありました。

維新とか万博の悪口を言ったら命の保証はないという、まるで田中哲弥の『やみなべの陰謀』(名作!)第四話のような感じに大阪はなっているという噂も事前に聞いていました。まさかそれはないにしても「万博を成功させよう!」といった垂れ幕やのぼりがあちこちにあるのかなと思ったら、まったく予想は外れて、むかし訪ねたいつもの大阪のままでした。……電通が関与できなかったための怪我の功名かもしれませんが、オリンピック時の東京がいかに異常だったかを思い知らされました。

東京のオリンピック騒ぎで一番憤ったのは、丸善丸の内本店2Fのレジがオリンピックグッズ専用になってしまって、本の会計をする客は1Fか3Fに行かねばならなかったこと。あの日から丸の内本店で本を買わないようになりました。