文学フリマ御礼

昨日は台風の近づく中、文学フリマ大阪に参加してきました。スペースに来てくださった皆さま、ありがとうございました。文学フリマは開催場所によってそれぞれ雰囲気が違うものですが、大阪の場合は溌溂というか、シャキシャキというか、浪速の底力を見せているというか、なかなか好ましい感じでした。梅田の迷宮が精神を病むほど入り組んでいるので大阪は今まで敬遠してましたが、来てよかったと思いました。

頭に猫耳をつけ、黒衣に身をかためた長身痩躯の女性が会場を徘徊していたので、「さすがに文学フリマには不思議な人が来るもんだな~」と感心して見ていたら、なんと弊スペースまであいさつに来てくださいました! その正体はとある版元の編集の方だったのです。驚くやら恐縮するやら。

かわいい女の子も来てくれました。未谷おとさんのお嬢さん。もう中学生になったというから月日のたつのは早いものです。

当日の出品物のなかでは翻訳文学紀行が出色のものでした。商業出版が難しそうな翻訳を私家版で刊行するというコンセプトはわが「エディション・プヒプヒ」と同じですが、レベルは「翻訳文学紀行」のほうがはるかに高いと思います。青を基調にしたカバーのアートワークも溜息が出るほど美しいです。書肆盛林堂や古書いろどりでも扱えばいいのにね~。

四時に撤収して新大阪駅に向かったら、ちょうど東京行きの最終が出るところでした。次は10月20日の文学フリマ福岡にお邪魔します。今回は出せなかった新刊も極力出そうと思っています。

ナイフで決闘

牛島氏の逝去後、ボルヘスの翻訳は悲しいことにいまだに、新訳といえど油断がならない。十数年前に出たある本は、冒頭から「スルミナ」という地名が連発されていて読む気が大いに削がれた。むろん「スミルナ」の誤植である。(もっとも拙豚の見たのは初版だから、今の版では直っているかもしれない)

その手の誤りはかくいう拙豚もしょっちゅうやらかしているので、あんまり人のことを言えた義理ではない。しかし相手はそんじょそこらの作家ではない。偉大なるボルヘス様である。「スルミナ」とはあまりに不敬ではなかろうか。

古老の話によると、昔ボルヘス翻訳業界は二手に分かれて日夜抗争に明け暮れていたという。本当か嘘かは知らない。本当にしては面白すぎるのできっと嘘と思う。だがもしそんな風だったのなら、とても「スルミナ」を直しているどころの騒ぎではなかったのかもしれない。

だがそれもさもありなんと思わないでもない。かつて中村真一郎はジェラール・ド・ネルヴァルに入れあげたあげく、ネルヴァルが女優ジェニー・コロンを愛人にしたと同じく女優の奥さんをもらい、ネルヴァルが精神を病んだと同じく、自らも精神科の治療を受けた。一人の作家に熱中すると、時として人はそんな状態にまで持っていかれる。

たとえば『ブロディ―の報告書』に収められたいくつかの短篇を読めば、たちまち血沸き肉踊り、人さえ見ればナイフで決闘したくなるだろう。ピストルや剣での決闘なんて、とても生温くてやってられないと思うようになるだろう。そこまでいかなければボルヘスの愛読書を名乗る資格はないような気がする。仮にボルヘスを翻訳している人のあいだでガウチョの決闘まがいのことが起こっていたとしても、それはボルヘス愛の発露なのではないか。なんだかそんな気もするのである。

K書K行会の美風

K書K行会には美風があって、「〇〇コレクション」とか「〇〇叢書」とか「〇〇の快楽」とか「〇〇の小説」とか「〇〇の作品」とかいうセット物の場合、最後の一冊は出ても出なくても、あるいはどんなに遅れて出ても、誰も何も言わない。

きっとみんな「そういうものだ」と思って寛大に許しているのだろう。ありがたいことである。おかげで今回キャベル作品集翻訳の一翼を担うわたしも、気持ちがどれだけ楽だかしれない。いや、もちろん、締め切りを厳守すべく万全の態勢で臨んではいますよ! ただ心理的に助かるだというだけで……

しかしそんな美風のなかにあって、「これだけは出てほしかった!」という本がある。いうまでもない、牛島信明氏訳の『続審問』である。氏はとうに鬼籍に入られたので、今時点でこんなことをいっても詮無い話ではある。それでもかえすがえすも残念なことだ。

氏の訳による『論議』が出た2000年を、わたしはひそかに「ボルヘス翻訳元年」と名付けている。それほどこの本には従来のボルヘス訳を刷新するほどのものがあった。たとえば他の方の訳を読んでもちんぷんかんぷんだった「カバラの擁護」が氏の訳だとよくわかる。あとボルヘス短編小説集は諸氏の訳でいろいろ出ているけれど、翻訳という点でベストなのは牛島訳でちくま文庫に入っている『ボルヘスとわたし』だと思う。わたしの知るかぎりでは、これはThrough the Looking Glassを『鏡の国のアリス』と訳している(単行本としては)唯一の訳でもある。

『続審問』に関していえば、現在岩波文庫に入っている中村健二訳もけして悪くはない。わたしもこの本の元版『異端審問』によってボルヘスの魅力に目を開かされたものだ。しかしこれは英訳からの重訳で、それがとても歯がゆい。【あとで岩波文庫版の解説を見たら、翻訳底本はスペイン語版だと書いてありました。失礼しました】

ほんとうに惜しい人を亡くしたものだ。今さら言ってもどうしようもないけれど。

ジーン・ウルフも負ける

キャベルのマニュエル伝を分担して訳している安野玲さんから、訳語のすりあわせについてメールをいただいた。そのメールによると、キャベル訳出はジーン・ウルフよりも大変なのだそうだ。

ジーン・ウルフより大変とはすごいですね、と言うとなんか人ごとみたいだが、その大変さはわたしも身に染みて感じている。訳稿はとりあえず先月末に送ったのだが、一番大変なところはまだ訳されていない。「もう少し考えさせてください」とお願いして宿題になっている。

どれくらい大変かというと、『イヴ』にはドイツ語訳とイタリア語訳があるのだが、文法さえ知らないイタリア語の訳本を辞書と首っ引きで読んだほうが、原文の英語よりはまだ訳しやすい(ところもある)というくらい大変なのである。ドイツ語訳のほうは西田政治みたいな人が訳しているらしく、適当すぎて話にならない。難しいところは平気で飛ばすし……

思うに英語は他の印欧語にくらべると文法がルースなだけに、いくらでも好きなだけ変な文体を作りだせるのではないか(個人の感想です)。それがある種の人にとってはこよなき魅力であると同時に、ある種の人にとっては諸悪の根源でもあるのだろう。ある篤実な翻訳家がある難解な作品に手こずったあげく、「氏の文章には手応えどころか、遂には嘔吐と憎悪と、時として敵意をすら覚えることがあった」とあとがきに記し、その後まもなく亡くなったという。言うてはなんだがそんな話は英語以外では聞いたこともない。

という感じで二人してウンウンうなっているところに、特に名を秘す骨の人が、「キャベル販促のトークイベントを開きませんか」とかいってきた。悪いけれど今はとてもそれどころではない!

『幽霊島』の刊行に寄せて

幽霊島 (平井呈一怪談翻訳集成) (創元推理文庫)

幽霊島 (平井呈一怪談翻訳集成) (創元推理文庫)

あなたが一流のレストランに行ったとしよう。コースを一通り堪能し、コーヒーを啜りながら、「ああ美味かった」と味を反芻しているとしよう。そんなときシェフが不意に現れて、「でも料理は自分の家で作るのが一番ですよ」と言い出したら、あなたはどう思うだろう。「何だこいつは?」と思うだろうか。

平井呈一の『怪奇小説傑作集1』での解説がまさにそれで、その文章はこう結ばれている。「冬の晩、字引をひきひき恐怖小説を読む醍醐味はなんともいえないもので、いちど味わったら長く忘れることのできないものです。試みにはじめてみられるといいと思います」

翻訳者としての役割放棄とも見られかねないこの言葉はしかし、何百人かの人たちには啓示(あるいは呪言)として作用したとおぼしい。のちにカナダの幽霊小説専門書肆アッシュ-トゥリー・プレスが出した限定本は、総部数の半分を日本人が買っていると噂されたが、そんな謎めいた現象にも、平井のこの言葉が少なからず影響しているような気がする。

つまり平井の翻訳は翻訳というより言葉あるいは文化の溶け合わせともいうべきものだ。ちょうどラフカディオ・ハーンが日本の古譚のなかにghostly Japanを見出し、シンプルながら喚起力の強い英語で表現したと同じように、平井呈一もその類まれなる妖怪アンテナでとらえたghostly Englandを、日本語のなかに放流というか解き放ったわけである。まことにこの二人は、日→英と英→日と方向こそ異なれ、鏡面で隔てられた双子の兄弟みたいな趣がある。二人とも母語の文学への広い教養がバックグラウンドにあるという点をとっても。

表題作となっている「幽霊島」は「なんでこれほどの作品が埋もれているんだろう」とかねがね疑問に思っていたほどの名作。この機会に多くの人の目に触れるのは喜ばしい。

巨大豆本あらわる

巨大豆本 あらわるあらわる~ あらわれないのが小さい豆本です~

ということで、大方の危惧のとおり、酷暑のせいもあって、『怪奇骨董翻訳箱』特典豆本はあられもなく巨大化してしまいました。本来ならここに画像を載せるべきかもしれませんが、あまりに大きいのでちと躊躇されます。ただ「文庫本より大きくはしない」という最後の一線だけは越えないようにしたつもりです。

本日国書刊行会に向けて発送しましたので、おそらく来週以降皆さんのお手元に届くのではないのでしょうか。どうぞお楽しみに。

豆本表紙完成

豆本表紙が完成しました。

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Thinkpadのポインティングデバイス(キーボードの真ん中にある赤いポッチ)だけで絵を描こうとするとかなり苦戦を強いられるということがわかりました。骨董箱の印税が入ったらペンタブレットを買おうと思ってます。