ミステリ雑談

叙述トリックとストリック

『狩場の悲劇』の解説を読んだら、これは叙述トリックの一種である、というようなことが書いてあった。いや、それはいくらなんでも違うでしょう、と自分のようなオールドファンは思うのだが、ネットで検索してみると、「叙述トリック」を「語り手=犯人」の…

最古の叙述トリック作品は?

夏来健次・平戸懐古というすばらしいタッグによる英米古典吸血鬼小説傑作集『吸血鬼ラスヴァン』が来月末に東京創元社から出るらしい。おお、これはものすごいものになりそうで今から楽しみだ。平戸懐古氏といえば、話は急に変わるが、氏が私家版「懐古文庫…

続・古老が語るモダーン・ディテクティヴ・ストーリイ

(これは昨日のツヅキです) モダーン・ディテクティヴ・ストーリイ(以下MDS)という言葉は、高校生のころ、新潮文庫に入っていた福永武彦『加田伶太郎全集』に付された都筑道夫の解説で知ったのだったと思う。 しかし『加田伶太郎全集』を読んだ当時の生意…

古老が語るモダーン・ディテクティヴ・ストーリイ

都筑道夫といえばモダーン・ディテクティヴ・ストーリイ(以下MDS)論である。これを自分は高校生のときほぼ同時代的に読んで、いろいろ思うところがあった。そこでこの機会に古老の昔話をしておこう。なにしろ老耄のことゆえ、いつボケて昔のことを忘れるか…

悪魔はここに

Re-Clam第六号が到着した。発行者三門優祐氏のエディトリアル・ワークはますます冴えわたり、隅々まで読んで楽しい雑誌になっている。これほどマニアックでありながら、同人誌特有の閉塞感を感じさせず、「ミステリっていいもんだな」と素直に思わせるのは、…

チャンドラーのベストとワースト

レイモンド・チャンドラーの残した七つの長篇のうちのベストといえば、『長いお別れ』であるのは衆目の一致するところだと思う。数年前の日記に書いたような、いくつもの解釈ができる余韻あるラストもいい。それから文章もいい。片岡義男氏と鴻巣友季子氏の…

ぬか漬けのきゅうり

少女地獄 (夢野久作傑作集) (創元推理文庫)作者:夢野 久作東京創元社Amazon 吾妻ひでおの『アル中病棟』によると、アル中になった人の脳は、ぬか漬けのきゅうりが生のきゅうりに戻らないように、もとに戻ることはないのだという。アル中ならぬミステリ中毒の…

ホワットダニット

竹本健治さんがマイ・ホワットダニットという面白い催しをやっている。 このTogetterがやたらめっぽう面白い。でも「何でこれがでてこないんだ!」という古典があったので FF外から失礼します、どころかツイッター外から失礼します。つまりこれ↓ですね。もっ…

巽昌章氏の不在

5/6の文学フリマで探偵小説研究会の『CRITICA vol.13』を買ったけれど、この号には巽昌章氏が寄稿していなかった。おお、なんということだ。がっかり。だがこの不在の悲しさを噛みしめているうちに、巽昌章氏の批評の特質といったもやもやしたものがなんとな…

別府とフィンランド

ここを見ている方ならたいていご存じと思うが、ある国内ベストテン級のミステリでは、別府はあの温泉で有名な大分県の町ではない。といってもパラレルワールドの異世界ものというわけでもなく、何というか、もっと陰険で悪辣なものである。だがこんなトリッ…

登場人物表のパラドックス

煙で描いた肖像画 (創元推理文庫)作者:ビル・S. バリンジャー東京創元社Amazon 今はむかし、世紀の変わり目前後に、ミステリ系サイトが栄えた一時期があった。実をいうとこの「プヒプヒ日記」もそれら先輩サイトに刺激を受けて生まれたものだ。ところが栄枯…

アシモフと城平京

銀河帝国の興亡 2 (創元推理文庫 604-2)作者:アイザック・アシモフ東京創元社Amazon名探偵に薔薇を (創元推理文庫)作者:城平 京東京創元社Amazon クラシックミステリがそうであると同様、クラシックSFにも他に代えがたい魅力がある。これには個々の作品の…

絢子の幻覚

岩田賛探偵小説選 (論創ミステリ叢書 108)作者:岩田賛論創社Amazon 今提出されている高校国語の改定案によると、「論理国語」と「文学国語」というのが新たにできるそうだ。なにやら文学のほうの人がひそかに結集して、抜打座談会とかやりそうな雰囲気になっ…

特殊ミステリの先達

*ニッポン硬貨の謎 エラリー・クイーン最後の事件 (創元推理文庫 (Mき3-6))作者: 北村薫出版社/メーカー: 東京創元社発売日: 2009/04/20メディア: 文庫購入: 2人 クリック: 2回この商品を含むブログ (33件) を見る* 「龍を探せ」を読んでいるうちに、これ…

新青年堀辰雄

羽ばたき 堀辰雄 初期ファンタジー傑作集作者:辰雄, 堀彩流社Amazon この本は堀辰雄の初期作品からファンタシー味のある小品を二十二篇集めたものです。今「肺病病みの軽井沢文学なんか読んでられるかいな」と思ったそこのミステリファンのあなた、あなたに…

『殺す・集める・読む』復刊に寄せて

殺す・集める・読む―推理小説特殊講義 (創元ライブラリ)作者:高山 宏東京創元社Amazon 「推理小説はなぜこの世にあるのか」とか、「現代社会において推理小説はどんな意味を持つのか」とか、「なぜ推理小説は一般大衆に愛好されるのか」とか、そういうたぐい…

Yes, Yes, and Yes

聖ペテロの雪作者:レオ ペルッツ国書刊行会Amazon いよいよ今週末に迫る『聖ペテロの雪』発売。なにとぞよろしくお願いいたします。今回は〈ペルッツ・コレクション〉全四巻完結祝賀ということで、『教皇ヒュアキントス』や『動きの悪魔』の驥尾に付し椀飯振…

名探偵論争を再読して

本棚の隅から佐野洋の『推理日記II』が出てきた。つい読みふけってしまった。 この本のハイライトは都筑道夫と名探偵の是非を巡って意見を交換したいわゆる「名探偵論争」だ。しかしこの論争、両者の言い分がまったく噛み合ってなくて、読み進むうちに苦痛さ…

人は死んでいるけど

昨日届いたSRマンスリーの394号は森英俊氏インタビューと東京創元社特集という豪華二本立てで読み応えたっぷり。森氏インタビューによれば、なんでも『失われたミステり史』を出した盛林堂書房から、「以前に出た『少年少女昭和ミステリ美術館』で採りあげ…

生前ダイイングメッセージ

とあるスレッドの話題より。 7 :名無しは無慈悲な夜の女王:2012/04/27(金) 23:47:52.35 藍さまといえば、これまた珍妙な誤変換かいのう??? http://twitter.com/PiedraIndigo/status/195796592136163328 8 :名無しは無慈悲な夜の女王:2012/04/27(金) 2…

人みな戒律を負う

古くはヴァン・ダインやノックスの時代から、新しくは阪本英明にいたるまで、何人ものミステリ作家が戒律を定めてきた。批評家ならいざしらず、なぜ実作者が、このような自分で自分を縛るようなことをするのだろう。ミステリ作家というのは一種の変態性を有…

プレ『9マイルは遠すぎる』

*どくとるマンボウ昆虫記 (新潮文庫)作者: 北杜夫出版社/メーカー: 新潮社発売日: 1966/06/01メディア: 文庫購入: 1人 クリック: 12回この商品を含むブログ (13件) を見る* 昆虫少年であったためもあって、最初に読んだ北杜夫は『どくとるマンボウ昆虫記』…

本格ミステリ冬の時代はあった

まずいことにまだダゴベルトを読んでいる。ある短篇にチェスタトンの「見えない人」を意識したと思えるふしがあったので、「見えない人」の初出年を調べようと検索していたら、こんなサイトにぶつかった。 ここで森下祐行氏は「本格ミステリ冬の時代はなかっ…

プチ不可能興味の喜び

* まずいことに現時点でまだダゴベルトを全部読みきっていません。レクラム文庫の字は豆粒みたいに小さいし、おまけに第一次大戦前の本だから、字体は当たり前のように亀の子文字。老眼進行中のこととて、小文字のsとf、大文字のVとBとがぱっと見てどちらか…

山吹色の誘惑

* 何週間か前に、ミステリベストのアンケートが舞い込んできた。答えれば山吹色の何かをもらえるという。いそいそと取り組んだのは言うまでもない。 添付された候補リストを見ると、海外もので既読は40冊弱(お終いまで読まずに投げたのも含む)あった。こ…

豚ミステリの華麗な世界

* * 縁あってミステリマガジンで年に二度ほど、ドイツの新刊ミステリ紹介を担当しています。後ろのほうのページの、新刊情報[世界編]という欄で、分量は一回につき三枚くらい。紹介する本は当方に一任されているので、すごく楽しい仕事です。たぶん読んで…

謎の文庫化

SR Monthly No.368、2010年新春号に前東京創元社社長戸川安宣氏のロングインタビューが掲載されている。全体のトーンは「最近は本が売れなくなって……」という、やや暗いものだけれど、巧まざるユーモアが随所に溢れる楽しい読み物である。 たとえば創元推理…

晶文社ミステリのOut-of-Print titles

* わが『最後の審判の巨匠 (晶文社ミステリ)』がアマゾンでついに「出品者からお求めいただけます」になってしまった。あまりの売れ行きの悪さに怒髪天を突いた版元が一冊残らず断裁したのだろうか。文庫化されてもなおかつ親本が生きているタイトルもある…

独語圏図解戦前推理小説書誌

以前小林晋さんに教えていただいた、Mirko Schädel のIllustrierte Bibliographie der Kriminalliteratur im deutschen Sprachraum von 1796 bis 1945がついに到着した(送料をけちって船便で送ってもらったのだ)。タイトルに「1796年から1945年まで」とあ…

ミステリは『枯草熱』でおしまいか

殊能将之の刺激的な断言*1を読んでちょっと考えてみた。 おしまいということはないように思う。例えばランダムネスの濃度自体がプロットに絡む『奇偶 (講談社ノベルス)』、あるいはランダムネスの影響が因果律にまで及ぶ『ウロボロスの偽書 (講談社ノベルス)…