乱歩趣味

世界推理短編傑作集5【新版】 (創元推理文庫)

世界推理短編傑作集5【新版】 (創元推理文庫)


戸川安宣氏によってリニューアルされた『世界推理短編傑作集』がつつがなく完結したことを喜びたい。

この傑作集は、最初の方の巻では、作家乱歩より評論家乱歩が前に出ていた。つまり、おおむね定評ある客観的にも優れた作品ばかり並んでいた。だがこの最終巻は必ずしもそうではない。ハードボイルドなど新しい潮流に目配りをきかせる一方、乱歩個人の趣味嗜好ものびのびと(ぬけぬけと?)顔を出している。その点でもこの第五巻は楽しい読み物だ。いまだ評価の定まっていない時代を扱っているので、おのれの趣味が出しやすかったのかもしれない。

まず「爪」。アイリッシュ(ウールリッチ)のあまたある佳作をさしおいて、どうしてこんなの(失礼)を選ぶのか。「なぜなら編者が乱歩だから」という以外には説明のつけようがない。

「十五人の殺人者たち」は「赤い部屋」を思わせる。「十五人~」のラストの感動的シーンは、この名作を「赤い部屋」とはぜんぜん別物にしているにしても、途中までの道行き、気色悪いサスペンスはとても似ている。

「クリスマスに帰る」もコリアから一作採るにしては変化球だと思う。ポーの某短篇が響いているのが気に入ったのだろうか。

そして今回「見知らぬ部屋の犯罪」と差し替えで収録された「妖魔の森の家」。これは乱歩がこよなく愛した短篇として名高い。なにしろ自身で翻訳も試みている。それほどまで乱歩がこれを気に入った理由は、おそらく最後の一行の味わいであると思う。クイーンがこの作を褒める理由、すなわち伏線が巧みで本格短篇としてよくできているというのは、乱歩にとっては副次的な魅力にすぎなかったのではないか。