恋二題

「恋二題」は乱歩の最初期の作品で、二つの短篇「恋二題(その一)」「恋二題(その二)」からなっている。これらはのちにそれぞれ「日記帳」「算盤が恋を語る話」と改題されて単行本におさめられた。この二篇や「恐ろしき錯誤」「疑惑」などのいわばサイコロジカルな習作期の作品には異様な魅力がある。

のちに乱歩自身によってその芽はつまれたようだが、戦後の『幻影城』などでマーガレット・ミラーの『目の壁』『鉄の門』などの心理的探偵小説の動向を気にしているところを見ると、やはりなにがしかの未練は残っていたのだろう。

「日記帳」は一見偶然と見えたものが実は意図されたものであったという話。「算盤が恋を語る話」は逆に一見意図されたように見えたものが実は偶然であった話である。

あるいは今の言葉でいえば、どちらも認知バイアスの話で、「自分に都合よく物事を解釈する」楽観的な人のバイアスと「自分に都合悪く物事を解釈する」悲観的な人のバイアスを取りあつかったものといえるかもしれない。

いずれにせよこの二篇は初出通り二篇で一組になるべきものだと思う。「日記帳」は超俗的な話、「算盤が恋を語る話」は俗的な話で、いわば怪人二十面相と遠藤平吉のようなものだからだ。

乱歩にはこのような、人あるいは物事にはかならず表裏二つの面があるという、ある意味では非常に常識的な固定観念があったと思う。乱歩は自分の探偵趣味、つまり物事の裏あるいは秘密を探る趣味についてくりかえし語っているが、その底には、何ものにも裏があるはずだというこの固定観念がより強力なものとして根を張っていたのではあるまいか。

二十面相の正体が遠藤平吉なんていわれると読者のほうははなはだしく興ざめで辟易するけれど、乱歩にいわせれば表と裏があってはじめて人は全きものとなるのだから、当然そうあらねばならないのだろう。