熊虎奇聞

 
明日は『郵便局と蛇』の発売日みたいなので、コッパードにちなんだ小ネタをひとつ。

乱歩という人は感銘を受けた小説の場面を自作に紛れこませることがある。「虫」にはドストエフスキーのある小説からの一シーンが「引用」されているし、今ちょっとタイトルが思い出せない通俗長編ではポーの「落とし穴と振り子」の拷問シーンが使われていた。だから、「人間豹」に出てくる例の明智夫人が着ぐるみを着せられるシーンも、きっとコッパードの「銀のサーカス」から取ったのだろうなと、漠然と思っていた。

ところが大違いであったのだ。

もう相当前の話になるが、とある場所の一箱古本市で本を見ていたことがある。すると偶然そこに新保博久氏がやってきた。新保さんは、郷田三郎に出会った明智小五郎みたいに顔をニコニコさせると、かたわらの本の山からつと一冊を抜き出した。そしてその口絵を拙豚に見せてくれた。

もう驚いたのなんの!

これは宇野浩二の『赤い部屋』という童話集(ほるぷ復刻版)の口絵で、集中の「熊虎合戦」という話を絵にしたものだ。すると「人間豹」の元ネタはこれであったか。乱歩が宇野浩二に敬意を表していたのは有名な話だから平仄は合う。

ただ、さらに驚いたのはこの「熊虎合戦」という童話は、読んでみるとストーリーが「銀のサーカス」にそっくりなのだ。国書刊行会版『郵便局と蛇』のあとがきによると、宇野には他にも「化物」という「銀のサーカス」そっくりの短編があるという。ただし、発表したのはコッパードより宇野の方が先らしい。訳者の西崎さんはこれに対してある推定をしている。それについては今度の文庫版でもあとがきは再録されるだろうから、読んでからのお楽しみということで……。