『生体埋葬(バリード・アライブ)』(その2)

かくて黒死館は、エルンスト『百頭女』ISBN:4309461476と同質なコラージュ・ロマンと見ることもできよう。即ち他から採集してきた素材の切り貼りによって一篇の暗黒小説を作り上げようとする試みである。序文でこの小説を「夥しい素材の羅列」と喝破した乱歩の炯眼は、この小説がコラージュ・ロマンに他ならないことを見破っていたのでなかろうか。

奇しくも黒死館の影の主役もまた「百頭女」…諸芸百般の知識を持つファム・ファタルであった。

海よりも孤独な、いつも軽やかで力強い――騒乱、私の妹、百頭女(場面の奥、檻の中には、永遠の父)

というわけで。

ところでコラージュのコラージュたるゆえんは、素材をもとの文脈から切り離し、まったく別の文脈で使用することにある。なるほど「生体埋葬=早すぎた埋葬」自体は『黒死館』の基本テーマの一つであった。しかしハルトマンの本の中のアスヴァニの挿話は、先に見たように、黒死館では「早すぎた埋葬」とは関係ないところで使用されている。おそらくハンガリーというエキゾティズムにあふれた地で宙吊りになった絞首刑者が、(早すぎた埋葬とは無関係に)一幅の絵として虫太郎に感銘を与え、易介の殺害場面への霊感を与えたというところではなかろうか。

「早すぎた埋葬」関連の文献からはもう一冊、ドルムドルフ『死・仮死及び早期の埋葬』(正確な著者名とタイトルはDomsdorf "Tod, Scheintod und zu fruehe Beerdigung")からの挿話が第四篇で言及されている。しかしそこでも「極度の忌怖感に駆られた際の生理現象(創元版p.393)」の例証として引用されているのであって、「早すぎた埋葬」という本来の文脈からは切り離されている。

では本来の文脈とはどういうものなのか。『生体埋葬』について見ていこう。

今から百年ほど前までは、医学知識が未熟だったためか、一旦埋葬された人が生き返ることは結構あったらしい。それに対する人々の態度もさまざまで、社会問題として警鐘を鳴らそうとする者(ケンプナー)、医学研究の素材とする者(ブーシュ等)、文学の素材とする者(ポー)、吸血鬼伝説と結びつける者(モンタギュ・サマーズ )、オレも墓から蘇ったと法螺を吹く者(コルヴォ男爵 )、早すぎた埋葬をひたすら恐れる者(R.H.ベンソン)、自分の小説の筋に取り入れて「白髪鬼」を書く者(マリー・コレリ)とか色々な人がいて、それぞれ面白い文章を書いている。わが国でも乱歩や小酒井不木のエッセイがある。

一方著者フランツ・ハルトマンはオカルティスト・心霊学者の立場からこの問題を考察している。彼はこの現象を、心身同一説に対する大いなる反証として捉え、次のように主張する。一旦死んだ人間の蘇生は、肉体(からだ)が死亡しても霊(こころ)は必ずしも死なないことを何よりも雄弁に物語っているではないか。肉体と霊とは別ものなのであって、死亡とは肉体と霊との結び付きが切れることにすぎない。何かの拍子で霊が肉体に戻って来れば、肉体は再び動き出す。ちょうど機関士が戻ってくれば機関車が再び動くように(この項続く)