顔のない死体後日談

 
 ヘロドトス『歴史』第二巻にあるエジプト王ランプシニトスと盗賊の物語は、乱歩によほど感銘を与えたのだろう。世界最古の「顔のない死体」トリックとして、『江戸川乱歩全集 第27巻 続・幻影城 (光文社文庫)』で足掛け4ページにわたってプロットを紹介している。

 そういえばこのランプシニトス王と盗賊との知恵比べや裏のかき合いは、明智対二十面相を連想させないこともない。もっともヘロドトスでは勝利を収めるのは盗賊のほうなのだけれども。

 シュオブの短篇「ランプシニト」は、王の一人娘と結婚してめでたしめでたしとなった盗賊の後日談。王の一人娘と結婚したということは、すなわち王位を継いだということで、先王亡きいまでは、彼はランプニシトと名乗るれっきとしたエジプト王であった。

 ところが好事魔多し、最愛の王妃がみまかってしまう。すぐさま贅をつくしたミイラをつくらせたものの心は晴れない。ついに黄泉の女王ハトホルのところに行き、王妃を奪回せんと企てるに至った。前エジプト王さえ手玉にとった俺だもの、ハトホルなんぞちょろいちょろい。

 この短篇はシュオブが文芸欄を担当していた「エコー・ド・パリ」の1893年3月25日号に掲載された。ということは『黄金仮面の王』(1891)や『二重の心』(1892)より後の作品だ。三冊目の短篇集が出なかったこともあって、生前の単行本にはついに収められず、ピエール・シャンピオンが編んだ全集に収録されてはじめて日の目をみた。