チャンドラーのベストとワースト

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 レイモンド・チャンドラーの残した七つの長篇のうちのベストといえば、『長いお別れ』であるのは衆目の一致するところだと思う。数年前の日記に書いたような、いくつもの解釈ができる余韻あるラストもいい。それから文章もいい。片岡義男氏と鴻巣友季子氏の対談で構成された『翻訳問答』という本があるが、そこに『長いお別れ』の原文が一ページほど載っている。それを見てひっくりかえった。なんとすばらしい文章なのだろう。

 もっとも一般的な意味ではいい文章とは言いかねると思う。片岡氏が指摘するように「視線が刺さって背中から突き出た」みたいなあまりにもアメリカンなジョークには辟易するし、鴻巣氏が指摘するように、"they get" を "there are" の意味で使うのは崩れた感じがする。しかしそれにしても文章全体から漂う静謐な詩情はどうしたことだろう。この一ページだけで読者はテリー・レノックスという青年を好きになってしまう。マーロウが彼を好きになったように。

 というわけでベストが『長いお別れ』であるのに文句はないが、それではセカンドベストは何だろう。これは人によってばらつきがあると思う。拙豚はといえば『大いなる眠り』と『かわいい女』が甲乙つけがたい。『かわいい女』の魅力についてはさっきと同じ日の日記に書いた。読後心に残るのは間接的にしか語られていない「かわいい女」の面影である。「かわいい女」というと最初に登場する女性のことだと思われがちだが、たぶんそれは違う。ラストで話題にのぼる女こそ真の「かわいい女」ではないかと思う。『大いなる眠り』はリアリズムを通り越してマジックリアリズムにまで到達している人物描写と、それからマーロウと犯人が対決するラストシーンの迫力がすばらしい。

 それではワーストは? これも人によって違うだろうが、拙豚なら『プレイバック』に軍配をあげる。お終いのほうで明かされるアリバイトリックの下らなさの故にである。おそらくチャンドラーの長篇で推理小説のトリックらしいトリックが使われているのはこれ一作だけだと思うが、まあ何といいますか、使わないほうがどれだけマシだっただろうと思われるトリックなのである。