夏来健次・平戸懐古というすばらしいタッグによる英米古典吸血鬼小説傑作集『吸血鬼ラスヴァン』が来月末に東京創元社から出るらしい。おお、これはものすごいものになりそうで今から楽しみだ。
平戸懐古氏といえば、話は急に変わるが、氏が私家版「懐古文庫」で訳出したホレス・ウォルポール『象形文字譚集』によれば、この中に収められているある短篇が最古の叙述トリック作品である可能性があるという。この原本は1785年に出ているから、確かにこれより古い前例を見つけるのは難しそうだ。
もっともこの短篇はポー以前のものだから、明らかにミステリー(推理小説)ではない。では、意識的にミステリーとして書かれた作品で、最初に叙述トリックを使ったものは何だろう?
この問いを考えるには、まず叙述トリックの定義をはっきりさせなければならない。とりあえずそれを「作者が読者に仕掛けるトリックで、叙述の綾によって読者になんらかの誤認を起こさせるもの。もちろん作者は嘘はついていない」としよう。たとえばこの定義には、人によっては叙述トリック作品に含めることもある『アクロイド殺し』はあてはまらない。この作品では犯人はポワロに向けてトリックを仕掛けているし、叙述のまやかしで読者の誤認を狙ったものではないから。
自分が読んだ中で、この定義にあてはまる作品として最も古いのは『水平線の男』(1946)だった。少なくともこれは『歯と爪』(1955)や『殺人交叉点』(1957)よりはずっと古い。でももっと古いのもありそうな気はする。
漏れ聞く噂によれば山口雅也氏が「奇想天外の本棚」というシリーズでこの作品の新訳を企画しているそうだ。今の人がこれをどう読むかちょっと興味がある。最後まで読んだあと、最初の章を読み返してその情景を想像すると、何ともいえずしみじみとする小説ではある。