新青年堀辰雄

 
この本は堀辰雄の初期作品からファンタシー味のある小品を二十二篇集めたものです。

今「肺病病みの軽井沢文学なんか読んでられるかいな」と思ったそこのミステリファンのあなた、あなたに良いことを教えてあげましょう。この本には堀辰雄が「新青年」に発表した短篇も収められているんですよ。それもニック・カーターが主人公なのです。もしかすると全集をのぞくとここでしか読めないかもしれません。

皆さんはプロレタリア文学がどれほど嫌いでも「セメント樽の中の手紙」や「監獄部屋」だけは読むでしょう。ですから、「聖家族」を読んだら全身にジンマシンが出た!という人も、この本だけは読んでも損はないと思います。

かつて芥川龍之介は、「古来探偵小説と怪談の嫌ひな天才はいないさうだね」とうそぶいたといいます。芥川に心酔していた堀が探偵小説に敬意を払わないわけがないではありませんか。

この本のおよそ三分の二が昭和五年前後に発表されたものです。昭和五年というと、「新青年」でいえば、横溝・渡辺コンビがはじめたモダニズム路線が水谷準の手で大いに花開き、「胡桃園の青白き番人」「せんとらる地球市建設記録」「兵隊の死」などが掲載されていた時期にあたります。のみならず、川端康成、稲垣足穂、龍胆寺雄などの、モダニズム的色彩をもつ文壇作家も盛んに寄稿してた時期でもあります。当時は都会風でお洒落な趣味を意味する「新青年趣味」という言葉さえあったのです。

で、当然のようにこの本に収録された作品にも、「新青年」に載ったものはもとより他誌に掲載されたものにも、その新青年趣味が横溢しているわけですが、ここで編者の長山靖生氏の実にすばらしいアイデアが発揮されています。何かというと主人公の年齢順に作品を並べているのです。

つまりはじめのほうは稲垣足穂風の少年譚で、次々読んでいくにしたがってそれがだんだん渡辺温風の青年譚に移り変わっていくのです。その読後感はなんともいえません。まあひとつ読んでごらんなさい。