ボルヘス、噴飯文庫本を評す

 

 

 『ファンタジウス・マルレア』の話が出たついでに関連した話題をひとつ。2016年に噴飯文庫の一冊として出たH.G.ウェルズ『星の児 生物学的幻想曲』(このブログでの感想はここ)を、やはり当時の新刊だった『クローケー・プレイヤー』といっしょにボルヘスが書評しているのを見つけました。国書刊行会からボルヘス・コレクションの一冊として出た『論議』に入っています。この『論議』の訳では『星の児』(Star Begotten) は『生まれた星』と訳されていますが、その書評のさわりを引用すると

「……もうひとつの『生まれた星』は、宇宙光線の放射によって人類を再生させようという火星人の好意的な陰謀を描いている。……われわれの文化は新たに生まれてくる、これまでとはいささか異なる世代によって刷新されうる、ということを言わんとしている」

「……『生まれた星』の方は、全体がいわば無定形(アモルフォ)であって、一連のとりとめない議論が全篇を埋め尽くしているといった趣である。そのプロット——宇宙光線の力による人類の情容赦のない変奏——が実現されることはない。ただ主人公たちがその可能性を論じているだけである。従って、その結果はいかにも刺激に乏しい。読者は懐旧の念を込めて、ウェルズがこの作品を初期の段階で書く気になっていたらよかったのに! と思うことであろう」

 当時まだ旺盛に新作を発表していたウェルズにボルヘスが寄せた期待(と落胆)がよく表われた文章だと思います。