六分の狂気四分の熱


この前の三島由紀夫に続いて、金沢にあるといわれる秘密基地からまたまた驚愕の文豪アンソロジーが放たれた。

この本を開いてすぐ感じられるのは、「馥郁」という言葉を使いたくなるある種のフェロモンである。それも今日放たれたばかりのような新鮮なフェロモンである。ああ、内田百閒や芥川龍之介はきっとこの香気にやられて漱石のもとに馳せ参じたんだろうな、ということが、特濃のフェロモンを含有する作品のみが厳選されたこの本から伝わってくる。時空を超えて明治ロマンティシズムの開花に立ち会っているような感じもする。

本書全体を領するキーワードは夢といってよかろうかと思う。この時代の人の課題だったであろう東洋と西洋の対立に、夢という橋が軽々と掛けられ、自在に往来がされているのに驚く。のちのボルヘスや澁澤龍彦の仕事を先取りしているとさえ思えてくる。文体にすべてを任せて別世界を作りあげるところも共通している。

夢の中の論理はくどい。この本のなかでも夢特有の変なロジックが、鮎川哲也かエラリー・クイーンかというような執拗さでくどくどと繰り返されるところがあって、まあイヤになるほどなのだが、いかにも夢を見ているという感じですばらしい。そのロジック盛り沢山の作品の代表「趣味の遺伝」は幽霊探偵カーナッキやメイ・シンクレアの一連の作品にとても近いところにある。未読の人はまあ騙されたと思って読んでごらんなさい。きっと腰を抜かしますよ。それから『吾輩は猫である』の切り取り方にも唸った。ここだけ読むとやはりメイ・シンクレアの作品の抜粋のような感じがする。