続松山翁とポー

モーセと一神教 (光文社古典新訳文庫)

モーセと一神教 (光文社古典新訳文庫)

  • 作者:フロイト
  • 発売日: 2020/02/04
  • メディア: 文庫

松山俊太郎翁のポー解釈は、マリー・ボナパルトの『エドガー・ポー』の影響を受けていたように思う。ここでいきなり脱線すると、この『エドガー・ポー』といい、プシルスキーの『大女神』といい、松山翁関連の翻訳出版計画がことごとく頓挫するのはなぜだろう? 刊行予告が出てしばらくするといつの間にかフェイドアウトし、あたかも最初から存在しなかったようになる。事情を知らぬ者には、背後で黒い手が働いているとしか見えない。もしかして例の〇ャリ全集にも松山翁は絡んでいたのだろうか。

まあそれはともかく、むかし松山翁が入院することになって、留守宅の整理に駆り出されたとき、ある一室にこの『エドガー・ポー』のフランス語版大冊がうやうやしく鎮座しているのを見て、「ああやっぱり」と思ったのを覚えている。

現代教養文庫版の小栗虫太郎傑作選の解説にもマリー・ボナパルトの影響は見てとれる。ことに『黒死館殺人事件』や『潜航艇「鷹の城」』の精緻な作品分析にそれは著しい。なにしろ「探偵小説史上に現れた密室殺人の何割かは、作者の胎内回帰願望に起因すると思われる」(記憶による引用なので正確ではない)などと松山翁一流の独断を下すのだから。

もちろんマリー・ボナパルトの師匠フロイトの影響も随所に見られる。おそらくその最大のものは、過去の日記でも触れた『蓮の宇宙』に収録された法華経起源論だろう。 『大女神』に触発されたその壮大なヴィジョンには、フロイトの『モーセと一神教』が大きく影を落としていると思うのは拙豚の僻目だろうか。最近出た新訳をぱらぱらめくりながら、翁を懐かしく思い返したことであった。


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   わが弊屋に鎮座するのは英訳である。果たして日本版の出る日は来るのであろうか