時間からのポー

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ポーといえば気にかかることが一つある。ツイッター界隈を流れる噂によれば、ラヴクラフトの "Colour out of Space" を「宇宙からの色」とか、"Shadow out of Time" を「時間からの影」と訳している本があるらしい。ツイッターというのはデマ生成装置みたいなところがあるので百パーセント信頼はできないにしても、まあありえなくもないような気がする。

でもこの "out of Space" とか"out of Time"とかいう形容は、十中八九、ポーの"Dream-Land"という詩から来ていると思う。

 By a route obscure and lonely,
 Haunted by ill angels only,
 Where an Eidolon, named NIGHT,
 On a black throne reigns upright,
 I have reached these lands but newly
 From an ultimate dim Thule—
 From a wild weird clime that lieth, sublime,
   Out of SPACE—Out of TIME.

それを踏まえれば「宇宙から」とか「時間から」とか訳すのはほとんど不可能と思うのだがどんなもんだろう。

あと稲垣足穂の回想によれば、ある日彼が辻潤に会ったとき「あいかわらずout of spaceかね」と言われたという。これもきっとポーから来ているのだろう。「あいかわらず宇宙から来たのかね」という意味ではないと思う。

ちなみに上の詩は島田謹二訳では

 たちかえりつきまとうもの
 ただ悪しき天使のみにて、
 「夜」の妖魔、身を直(すぐ)に、
 黒き王座にしろしめす
 幽暗の世にもわびしき「道」を経て、
 近きころこの里にわれ辿り来ぬ
 ほのぐらき極北のチュウレより——
「空間」をこえ、「時間」をこえて、
 おごそかによこたわるあやしくも恐ろしき宿命のとある国より。

いやあラヴクラフトしてますねえ。いっぽう福永武彦訳だと

 暗く人けない道を過(よ)ぎり
 ただ悪霊の天使の群れにつき纏われ、
 そこに「夜」と呼ばれる一つの「まぼろし」の
 黒い玉座にあってたじろかず治めるところ、
 私は遂にここに達した、この土地に、ごく近頃、
 おぼろげなテューレの国の漄(はたて)から——
 荒びた宿運の風土から、その荘厳に位置するところは、
     「空間」のそと——「時間」のそと。

そして真打ち、日夏耿之介訳では

 夜と呼べる妖鬼ありて
 頭上たかく黒々と玉座うしはく、
 寂として小ぐらき巷路に
 兇(まが)なす天使のみ栖みなしける。
 われ時空を超えて
 おごそかに国居せる荒蕪の幻境
 かのチレが島陰黒の絶域より
 いまあらたにこの里にたどれる也。

苦渋の跡なく凄みも利かせずにサラッと訳しているのにかえって凄みがある。最後の「也」というのは「たどれるか」と読むのか、「たどれるや」と読むのか、それともキテレツ大百科か……