ヴァルワル問題

ドイツ語ではWは「ウ」ではなく「ヴ」と発音するから、拙訳『ワルプルギスの夜』はより正確に表記するなら『ヴァルプルギスの夜』としなければならない。でもここはあえて「ワルプルギス」にこだわりたい。

なぜかといえば、"WALPURGISNACHT"は

と記されるのが正式だから、ここはぜひとも「ワルプルギスの夜」と表記しないとラスボス感がうまく出ないのだ。自分でも何を言っているのかよくわからないが、うんうんそうだねその通りだね、とうなづいてくれる方も中にはいるかもしれない。それとも「そんなのはもう古いよ」と顰蹙される方のほうが多いだろうか。

またそれとは別に、これは前にも書いたけれど、「ヴァ」と表記すると「バ」と発音されるリスクがある。ただものによりけりで、「ヴァイオリン」を「バイオリン」と読まれても全然平気だけれど、「ヴィーン」を「ブィーン」と言われるとさすがにちょっとつらい。

むかしむかし、今はもうない早稲田進省堂の大国さんと話してたら「バース、バース」と言い出したので、イギリスの保養地のことかと思ったら、なんとアーネスト・ダウスンの詩集"Verses"だった! この発音でイギリスに古書の買い付けに行っているというから豪快である。

そういえば三島由紀夫が海外で講演するときの英語もそんな感じだったらしい。どなただったか失念したが外国の人が書いた伝記に書いてあった。

ただ三島が天然で発音が下手だったとは考えにくい。無様な姿を人前にさらすことをあれだけ嫌った三島のことだ。もし発音を直したいと思っていたら徹底的に矯正したはずだ。

むしろ「やまとことばにない音なんぞ俺の口からは金輪際出すものか!」という強固な意志がそこには感じられる。この態度は見習いたいものだ、とほんの少しだけ思っている。