『吸血鬼ラスヴァン』

 
夏来健次さんのことだから! きっと何かやるだろうと思っていたら! 期待にたがわずやってくれました。この本の掉尾を飾る「魔王の館」の(そういっては失礼かもしれないが)恐るべきゲテモノぶりを見よ。さすがにマイケル・スレイドとか『ネクロスコープ』とか『赤い右手』とかを紹介してきた人の手によるアンソロジーだけのことはある。こんな小説と同じ本に収録されたと知ったらバイロン卿も怒り狂って墓から蘇ってきそうな大怪作である。

だって「シェークスピアも実は吸血鬼だった」とかほのめかされているし、そもそも作者の経歴からしてウサン臭すぎる。この本の作者紹介には、ヒトラーの熱烈な支持者となりアメリカでナチズム普及活動を行ったため投獄されたとか書いてある。格調高い東京創元社がそんな人の小説を出していいのだろうか。

しかし、夏来氏も序文で「つぎに来る吸血鬼が那辺のものかを前世紀からの延長線で予言した画期的転換点」と言っているように、作品自体の先駆性には驚かざるをえない。早すぎたモダンホラーと言っても過言でない気がする。いや過言かもしれないが、ともかく現代のモダンホラーのすぐ近くまで来ているには違いなかろうと思う。

その他の作品も、吸血鬼譚がマニエリスムすなわち一定の作法(マニエラ)にのっとった作物と化す以前、すなわちドラキュラ紀元(Anno Dracula)前の百花繚乱状態を垣間見見られて興味深い。そもそもどう見てもホラーとはいえないものも混じっているような気がするが気のせいか。またモンタギュー・サマーズ(日夏耿之介)の『吸血妖魅考』は吸血鬼のイメージを包括的に渉猟したものと思っていたら、そこからはみ出すものもけっこう多いのだなということがわかったのも面白かった。