第二の迷楼記


 
 
荻窪の古書ワルツで『山口剛著作集』全六巻を千八百円で買いました。つまり一冊三百円です。しかも帯が多少日焼けしてくたびれている他は一度も読まれていないような美本で月報完備。いったい何がどうなっているのでしょう。嬉しいことは嬉しいけれど、碩学の業績がここまで軽んじられるとなかなか複雑な心境にかられます。

それはともかく、さっそく拾い読みをしていると、なんと! 山口剛が「迷楼記」の翻訳をしているではありませんか!「第五巻 翻訳篇」に収録されています。あの松山俊太郎翁が『澁澤龍彦文学館 最後の箱』で翻訳した「迷楼記」です。

この『最後の箱』のあとがきで翁が触れた「迷楼記」を、盛林堂書店のナイアガラ棚でみつけた話は三年前の日記に書きました。こちらの「迷楼記」は大正十四年に出た本です。いっぽう山口訳「迷楼記」は、その一年後に近代社から出た『世界短篇小説体系 支那篇』に収録されたもので、もちろん訳文も両者でかなり異なっています。

『最後の箱』のあとがきによれば、大正十四年版『迷楼記』は、ある中国文学の大家の方が「唯一の国訳」と太鼓判を押したということです。ところがどっこい第二の訳があったとは。しかも山口剛の訳で。

ところで山口剛といえば、一般には江戸文学研究で有名だと思います。少なくともわたしは今までその側面しか知りませんでした。しかし五巻に入っている『桃花扇伝奇』の訳はすばらしく流麗な仕上がりで、これほどまでに人を酔わせる翻訳は久しぶりに読みました。六巻所収の徒然草評釈も兼好法師とウォルター・ペイターに共通なものを見出していたりする面白い文章です。山口剛あなどりがたし!