現代科学で解明できない念波

『あくび猫』には不幸の手紙のことばかり書いてあるわけではない。「本は積んでおくだけで勉強になる」とも書いてある。


 
 
この怪現象の説明として、積んだ本からは現代科学では解明できない念波が出ていて、それを受信することで脳細胞が活性化されるのだと一般に言われている。読まない本も買わせようとする出版社の陰謀から生まれた説のような気もしないでもないが、あながちそうでもないらしい。

現代科学では解明できないというのだから、これはおそらく西洋医学に対する東洋医学のようなものなのだろう。鍼や灸の原理が西洋医学では解明できないからといって、ただちに鍼や灸が無効であるとはいえないようなものだ。

たとえば盲目なのに身辺に多量の本を置いていたボルヘスは最晩年(85歳!)にいたっても知力が衰えていない。逆に荷風は偏奇館から焼け出されてアパート住まいになるととたんに冴えなくなり、誰だったかに「敗荷落日」と罵倒されるという事態も生じている(ひどいですよね敗荷落日なんて。自分はこの件については断固荷風の味方である。お前もいっぺん焼け出されてみろと言いたい)。それはともかく、かくの如くこの念波説には相当な事実の裏付けがある。

現に自分も周りにたくさん本がないと何も書けない。まあ翻訳なら辞書だけあればできるかもしれないが、その翻訳の解説を書くとなると本なしにはまったく無理である。といっても身辺の本を読むわけではない。存在するだけでよいのである。念波受信説を支持するゆえんである。