紙片は告発する

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ディヴァインは好きな作家だ。社会思想社のミステリボックス時代にはよく読んだ。でも長いあいだ作者は女性かと思っていた。女性が視点人物になることが多いし、女性の心理描写に容赦がなく、また往々にしていかにも女性作家らしい結末で締めくくるから。実は未だに作者が男性であるとは半信半疑である。もしかしたら訳者が女性であることがこの印象に影響しているのかもしれない。まあなんにせよ、社会思想社版といい創元推理文庫版といい、ディヴァインは最適の訳者に恵まれた幸せな作家だと思う。

むかしむかし佐野洋が名探偵不用論というのを唱えたことがあるが、ディヴァインの諸作品ほどその強力な例証となるものはないように思う。ディヴァイン作品はたいてい小都会の小さなコミュニティを舞台にしていて、その中で醸し出される濃密で微妙な人間関係の中で殺人が発生する。事実ここでは刑事さえ容疑者たちと浅からぬ人間関係を持つコミュニティ内の人間だ。そんなところにエルキュール・ポアロであれエラリー・クイーンであれ、いかにも名探偵でござい、みたいな人間がやって来たらどうなるか。作者が慎重に築きあげたこの精妙な舞台は一挙に壊れてだいなしになるに違いない。

さて久しぶりに読んだディヴァインであるこの『紙片を告発する』も期待を裏切らない見事な出来栄えだった。最後の殺人未遂が行われた時点で、作者は親切にも容疑者(この殺人未遂が可能だった者)を三人に絞ってくれている(p.238。ここには五人の名があるがうち二人は明らかに圏外。だって登場人物表にさえ名がないのだから)。まあこの三人の中にいるなら犯人はこの人だよね、というのはディヴァインの他作品を読んだ人ならだいたいわかる。でもその後にものすごいミスディレクションがあって(p.288あたり)、アレアレちょっと待てよ、そういえば全部同じ犯人とは限らないな、現に他作品でも最初の事件だけ別犯人というのがあったじゃないか……と考え始めると作者の術中にはまったも同然である。あと真犯人の動機が実にさりげなく示されていたのにも舌を巻いた。実にコテコテに楽しませてくれる「端正な本格」の逸品である。