破戒

近くまで来たついでに古書いろどりに寄ったら、店主の彩古さんから、今日は「戦後70年 中井英夫 西荻窪の青春展」の初日であることを教えられた。おおそうであったか。すっかり忘れていた。

その足で東京古書会館に回ると、二階でひっそり、いかにも中井英夫らしい影めいたたたずまいで展示がされていた。人ひとりいない(番人さえいない)会場で、独特の可憐な筆跡を思うさま眺められたのはラッキーだった。

さて、私見では、今回の展示の目玉はふたつある。ひとつは公刊版の西荻窪青春日記では割愛された作家採点表である。5点とかマイナス20点とか夜郎自大な点数が並ぶなかで、ひとりだけ「x」すなわち「未知数」と採点された作家がいた。未知数といっても新人ではない。戦前から書いている中堅作家である。およそ中井が認めそうもない作風の人なのだが、なにをもって「x」としたのだろうか――あるいは単に読んでいなかっただけかもしれないが。

もうひとつは『虚無への供物』の構想ノート。例のノックスの十戒が丹念に筆写され、そのひとつひとつの上に赤エンピツでチェックの印が入れられている。さすがにマメだなーと思って見ていくと、ひとつだけチェックの入っていない戒律がある。そうだ、言われてみればそのとおり、その戒律だけは『虚無』で守られていない!

それにしてもこの構想ノート、もしその全体がファクシミリ版で公開されたらすさまじく興味深いだろう。……もしエディション・プヒプヒで出させてもらえるなら喜んで出すのだけれど。