ボ氏


誰だったかの小説で、ボードレールのことを「ボ氏」と書いてあったのを見たことがある。「君は、ボオドレエルを掴むつもりで、ボ氏の作品中の人物を、両眼充血させて追いかけていたようだ。」……こんな文章をいまでも覚えているのは恥以外の何ものでもない気がするが、それはともかく、これから書くのは別のボのつく人のことだ。

噂にきくところによると、このボ氏は嘖々たる名声のわりには本が売れないことで有名らしい。ある版元が著作選を刊行したのだけれど、予想外の売れゆきの悪さに愕然としたということだ。しかし拙豚にとっては、この人を読むために外国語をひとつ習ったくらいの、「鍾愛」という言葉はこういうときに使うのであろうというほどに好きな作家だ。

さいわいこの人の作品は文章自体はそれほど難しくない(内容はともかくとして)。半年くらいかけて初等文法をマスターすれば、あとは辞書と首っ引きでなんとか読める、いや、読めたつもりになれる。その読めたつもりになった文章のなかから推理小説の書評をまとめて豆本の形で私家版をつくったのはもう十年くらいも前のことだ。思えばこのときエディション・プヒプヒは産声をあげたのだった。
この前の文学フリマで、この拙い本をいまだに捜し求めてくださる方が何人もいらしてとても恐縮かつ感激した。この感激がさめないうちに、ちょっとだけ改訂増補して、冬コミに出そうと思う。それも時間があれば、印刷所でつくった本で。