「消人栓」と称せられる栓はすでに国内の数箇所で見出されているようだが、なかでも専修大学に程近いこの建物の栓はもっとも禍々しいものと伝えられている。なんとなれば、他の消人栓は偶然に生まれたのだが、ここの消人栓は明らかに人の手で、それもおそらくは並々ならぬ呪詛とともに作り出されたものだからだ。毒気にみちた赤色をしたこの栓が抜かれたとき、天と地はいかなる災厄で溢れるのだろうか。
その消人栓を横目で見ながら狭い階段を登っていくと、とある古風な一室にたどりつく。だが、おお、これはなんとしたことか! とある掲示板で重篤の病と報ぜられた人が、にこやかに談笑しているではないか。するとこの部屋は、すでに死の領するところとなっていたのか。消人栓の魔力は、わが身をも冥界の住人となさしめたのだろうか。
やがて夢たをやかな密咒を誦すてふ、犬神のやうな黄老(おきな)が姿をみせた。そしておごそかに"The Masque of the Red Death"の釈義がはじまった。黄老によれば、このポーの短篇の表題を正しく訳した翻訳は無いそうだ。また、従来の翻訳はそこかしこに滑稽な錯誤が見られるという。
そうした密咒のひとつひとつをここに記すのは憚られる。黄老による決定訳を鶴首して待とう。ただひとつだけ。プロスペロ公の立てこもる"abbey"は僧院でも伽藍でもない。それはかのFonthill Abbeyが僧院でないのと同じだ。