プラハ消滅せり


小宮山書店の三冊五百円コーナーで適当に買った本にこんなことが書いてあった。昭和十六年に出た本である。筆者はプラハに旅したときのことを回想して、

午後には私一人、異なった方面を漫歩して高台に登ると、小児を乗せた乳母車を牽いている肥満した粗服の男子が、英語で私に話しかけて、私の一つの質問に対して、十にも余る返答をしたが、それはチェッコスロバキアという新興国の、現在の活気と将来の隆盛を、得意の色を浮かべて語るのであった。オースタリーやハンガリーは衰運に向かっているが、自分の国は地味もよく産業も盛んで、言論も自由で、国民は愉快に生活しているということなのだ。[……]私は朧ろに心に残っている彼等の面影を追想している。プラーグからブダペストを経てウイーンへ行ったときに、英字新聞を見ると、そこに掲げられたウイーンだよりのなかに、ここの市民は、プラーグ没落を描写した新刊の空想小説を争って購読して、せめてもの気晴らしとしていると書いてあった。自分に相手を叩きつける力がないから、小説という空想の世界においてでもそれを為し遂げたいと思っているのは、人心の機微に触れている。


……いままで馬鹿にしていた隣国がどんどん発展していき、対して自国は衰退に向かっているとき、人が面白からぬ気持ちになるのはよく分かる。しかしそれはそれとして、この「プラーグ没落を描写した新刊の空想小説」なるものを読んでみたいものだ。この文章がほんとうなら往時のベストセラーらしいから、探すのも難しくはあるまい。読んで面白かったらまた報告します。