セルビアの星新一


 

盛林堂ミステリアス文庫から渦巻栗氏の訳でゾラン・ジヴコヴィチ『図書館』が出ました。こいつはすばらしい! ゾラン、ゾラン、ゾラ~ン、はるかな宇宙か~ら~——いやなんでもありません。

一読して驚くのは星新一そっくりなことです。それも後期星新一、つまり作品の枚数がやや多くなり、オチもオープンエンドというか、はっきりとは落とさない後期星新一を思わせます。

たとえばここに収められた短い短篇にはどれも人物名が出てきません。星新一は人物名を「エヌ氏」とか「エフ氏」とかいう風に処理していました。この短篇集は全部、主人公は「わたし」「おれ」「小生」などの一人称で、それ以外の人には名がつけられていません。

また風景描写や人物描写もほとんどなく、ひたすらストーリーを語るだけというのも星新一に似ています。浅羽通明さんの『星新一の思想』によれば、都筑道夫は星新一の本を読んで、あまりの描写のなさに「はて、これは小説だろうか」と疑問に思ったそうです。都筑道夫がこのゾランの本を読んだら同じことを思うかもしれません。

でもそれは必ずしも欠点ではなくて、そのおかげでインターナショナルな性格が強まり、普遍的な物語になっています。これらの短篇は、おそらくは作者の故郷が舞台なのでしょうが、日本のできごとであってもちっともおかしくありません。たとえば最初の短篇で主人公は大量に来るスパムメールに悩まされているのですよ。

短篇はどれも人と本とのかかわりを探ったもので、最後に行くほどメタ性が高くなっています。ですから各短篇は独立してはいますが、最初から順番に読むのがおすすめです。そうすれば最終話『高貴な図書館』でおおっと驚けます。

YOUCHANさんの解説によれば、この後も引き続き盛林堂ミステリアス文庫からゾランの本は続刊されるそうです。実に楽しみです。この作者、おそらく変幻自在のクセモノであるような気がしてなりません。今度はどんな顔を見せてくれるでしょう。