『ホフマン小説集成』

また少し間が空いてしまったけれどそのあいだ何をしていたかというと、『ホフマン小説集成(上)』を読んでいた。いわゆる「山吹色の本」である。この本は版元から献呈してもらった。山吹色はしているけれど別にワイロではなく、フーゴー・シュタイナー=プラークの挿絵原本を提供したお礼らしい。そういえばそんなこともありました。かなり昔、たしか『怪奇骨董翻訳箱』が出る前の話だったので、すっかり忘れておりました。あらためてありがとうございます。でもエビでタイを釣った気がしないでもない。なにしろあの本は神保町の崇文堂書店の店頭段ボール箱から八百円で拾ったものだったから。

それはそれとして、石川道雄のホフマン訳は噛めば噛むほど味の出る名訳であって、この本といい、少し前に出た『完訳・エリア随筆』といい、「地の塩」ともいうべき本をぽつぽつ出す国書刊行会は偉大だなあと思う。「もし塩のききめがなくなったら、何によってその味が取りもどされようか」。それに版面、つまり文字のフォントとページ内の文章の配置もすばらしい。この国書の版面で『夢野久作全集』を読むと、久作のあの田舎臭い文章さえなんだかオシャレになるのだから、その魔術は堂に入っている。

この本の中の『家督相続異聞』には平井呈一の訳もある。『古城物語』という題でむかし奢灞都館から出た。こちらも甲乙つけがたい名訳で、おそらく平井呈一の全訳業の中でも五指に入ると思う。石川道雄・平井呈一という二大名匠に訳された『家督相続異聞』は果報者といえよう。作品自体も両人を魅惑したのも無理はない名品である。『オトラント城』や『ヴァテック』といったイギリスのゴシック小説に比べると地味目なのは否めないけれど、繰り返しの再読に堪える。そういえば『ブランビラ姫』も種村季弘による訳があった。