スミス魔境へ行く

f:id:puhipuhi:20211113074235p:plain
 
 
 かつて斯界を驚嘆させた松本零士イラスト入りハヤカワSF文庫からおよそ半世紀の星霜を経て、ついにノースウェスト・スミスがふたたび新訳でよみがえった。喜ばしいではないか。

 帯には「伝説的スペースオペラ・シリーズ」と書いてあるが、単に宇宙は舞台になっているというだけで、本質はむしろ怪奇小説ではないかと思う。だってノースウェスト・スミスはスペースオペラのヒーローにしては全然弱っちいし、性格的にも攻めというより受けであるから。

 作者の幻視者(ヴィジョネール)としての資質も見逃すわけにはいかない。たとえば「生命の樹」の一節。「レース模様が流れて彼をつつみ、彼の体に合わせて形を変えた。その境界の外側では、なにもかもが摩訶不思議な形でわずかに横へずれたり、すべったりして、目の錯覚であるように、まったく別の風景に変わった」
 CGも何もない時代にこんな描写は驚きだ。きっと作者には普通の人には見えないものが見えていたのだろう。
 あるいはスミスの相棒、金星人ヤロールの描写。「まつ毛を伏せていると、地球の大聖堂の少年聖歌隊で通りそうだが、目を上げた瞬間、けしからぬ知識が顔を出すため、その幻影は長続きしなかった」

 当時『ウィアード・テールズ』にはどれくらいの女性読者がいたのだろう。C. L. ムーアの新作めあてに胸をときめかせてこの雑誌を手にする少女たちの姿が目に浮かぶ。

「今度のノースウェスト・スミスはどんなひどい目にあうのかしら。楽しみでたまらないわうふふふふふふふふふ。でもいざとなったらヤロールが助けにくるから大丈夫うふふふふふふふ」さぞかしそんなふうにつぶやきながら読みふけっていたことだろう。そしてその『ウィアード・テールズ』はたぶんお兄さんの部屋からこっそり持ってきたものだ。