渡部の呪い

知的生活の方法 (講談社現代新書)

知的生活の方法 (講談社現代新書)


 渡部昇一は好きか嫌いかと言われればまあ大嫌いなのだが、高校生の頃この人の『知的生活の方法』を読んだことがある。筒井康隆がたしか『奇想天外』の連載書評で誉めていたのでつい魔がさして読んでしまったのである。

 この本の言っていることは端的に言うと「死ぬほど本を買え! 借りて読んだりするな!」ということだ。ほかにもいろいろ書いてはあるが眼目はこの一言に尽きる。今思うとこれが人を疑うことを知らぬ素直な高校生に呪いとして作用したとおぼしい。以来四十余年にわたってわが住処は青年時代の明智小五郎と同じく「柔らかそうな本の上にでも座ってください」状態なのだが、その淵源はたぶんこの本にある。おそるべし渡部昇一の呪い!

 あとこの本で覚えているのは、渡部が『ドイツ参謀本部』を書くにいたったきっかけである。これは記憶で書いているので違っているかもしれないが、ようするにずっとドイツ参謀本部に興味を持っていたおかげでモルトケの全集をはじめとして膨大な関連書を蔵するようになったらしい。するとその大量の蔵書が「お前がこのテーマで書いてもいいではないか」と悪魔のささやきをささやきかけるのだそうだ。「日本にお前ほどこのテーマの本を持っている者は他にいない」と言葉巧みに誘惑するので、畑違いにもかかわらず『ドイツ参謀本部』を上梓してしまったという。

 これは実感としてもなるほどと実にうなずける話で、たとえばレオ・ペルッツの本がだんだん溜まってくると「お前が訳してもいいではないか」という声が聞こえるようになる。ドイツ怪奇小説の本が増えてもやはり同様の声が聞こえる。いやもしかしたらこれも渡部の呪いのせいなのか。