ジーン・ウルフも負ける

キャベルのマニュエル伝を分担して訳している安野玲さんから、訳語のすりあわせについてメールをいただいた。そのメールによると、キャベル訳出はジーン・ウルフよりも大変なのだそうだ。

ジーン・ウルフより大変とはすごいですね、と言うとなんか人ごとみたいだが、その大変さはわたしも身に染みて感じている。訳稿はとりあえず先月末に送ったのだが、一番大変なところはまだ訳されていない。「もう少し考えさせてください」とお願いして宿題になっている。

どれくらい大変かというと、『イヴ』にはドイツ語訳とイタリア語訳があるのだが、文法さえ知らないイタリア語の訳本を辞書と首っ引きで読んだほうが、原文の英語よりはまだ訳しやすい(ところもある)というくらい大変なのである。ドイツ語訳のほうは西田政治みたいな人が訳しているらしく、適当すぎて話にならない。難しいところは平気で飛ばすし……

思うに英語は他の印欧語にくらべると文法がルースなだけに、いくらでも好きなだけ変な文体を作りだせるのではないか(個人の感想です)。それがある種の人にとってはこよなき魅力であると同時に、ある種の人にとっては諸悪の根源でもあるのだろう。

ある篤実な翻訳家がある難解な作品に手こずったあげく、「氏の文章には手応えどころか、遂には嘔吐と憎悪と、時として敵意をすら覚えることがあった」とあとがきに記し、その後まもなく亡くなったという。言うてはなんだがそんな話は英語以外では聞いたこともない。

という感じで二人してウンウンうなっているところに、特に名を秘す骨の人が、「キャベル販促のトークイベントを開きませんか」とかいってきた。悪いけれど今はとてもそれどころではない。訳了できるかできないかの瀬戸際なのだ。