からくり亭の推し理

なんということでしょう。バカミスの波が時代小説にも押し寄せるというではありませんか。今までのんびりゆったりクラサカ時代小説を楽しんでた老若男女のファンの周章狼狽・悲憤慷慨は一体いかばかりでしょう。思うだに同情の念を禁じえません。

その問題作『からくり亭の推し理』は六月に出るそうですが、その中の一篇「龍を探せ」が先行して「小説幻冬」に掲載されました。単行本が出るのが待ちきれず、さっそく買って読んでみました。

舞台は浅草近くにある秘密の料亭「からくり亭」。そこに集う一癖ありげな面々が「黒後家蜘蛛の会」ばりの推し理(おしことわり)合戦をくりひろげる、というのがどうやらこの連作の趣向のようです。

今日も常連のひとりである同心が事件の知らせを持ってやってきました。女好きで有名だった材木問屋のあるじが、弁天堂の前で死んでいたというのです。被害者が手に握り締めていた紙片には、なにやらダイイング・メッセージめいた「龍」という字が、ただ一字だけ書かれてありました。

ところが関係者の証言から、被害者は無学で、文字はひらがなしか読めなかったことが明らかになります。そんな人がなぜ「龍」と書かれた紙を握って死んでいるのでしょう。

都筑道夫いうところのモダーン・ディティクティヴ・ストーリー趣味にあふれた、魅力的な謎ではありませんか。そういえば、上の画像を見てください。「バカミス」とは一言も書いてありませんよ。「本格推理捕物控決定版」と書いてあります。「バカミス」なんて失礼なことを言ってるのは今のところマダム倉阪だけです。これはもしかするともしかして、かの「なめくじ長屋」の伝統を継ぐものではないでしょうか。期待はいやがうえにもふくらみます。

ところがもう少し読むと事態はにわかに急転直下、クラニーミステリにしかありえない、あまりにも驚愕の真相になだれ込んでいくのです。ああ……この道はいつか来た道……。「バカミス」というより「特殊ミステリ」と言ったほうが正確なのでは……。とにもかくにも六月に出るという単行本が待ち望まれます。


『魔界への入口』も当然のごとく買いました