プログレの21世紀的展開

とある猛暑の日、たいへん厳しい校閲がなされた『両シチリア連隊』の再校ゲラをやっとのことで送り返したプヒ氏は、ほっと一息ついて、下北沢のディスクユニオンにやってきた。(ちなみに一週間後にたいへん厳しい校閲のなされた『怪奇文学大山脈』第3巻の初校ゲラが来ることは、このときのプヒ氏には知る由もなかった。)

「まだ聞いてないタンジェリンドリームはないかな」と思いながらCDをあさっていたプヒ氏の耳に不思議な音楽が聞こえてきた。店がBGMとして流している曲なのだけれど、頭のてっぺんからなのか耳の穴からなのかどこから出しているのかもわからないヴォーカルの声、変てこりんに展開する楽曲、松沢病院の中で歌っているとしか思えない歌詞……。

だがしばらく聞いているうちに、歌が超絶的にうまいのに気がついた。微妙に上下するピッチ、同じくらいの微妙さで緩急自在するリズム、そして何より切実とナンセンスのあいだを綱渡りみたいに歌いあげる表現力。

おお、これぞ真のプログレ!と驚嘆したプヒ氏は、タンジェリンドリームを放り出してレジの人に「いまかかっている曲は何ですか」と聞いてみた。差し出されたCDには「相対性理論」とあった。さすがに面妖な音を出すだけあって、面妖なバンド名ではないか。だがともかくも買うことにした。「いやこれはすごいですね!」とあまりに大仰に感嘆したためか、レジの女性店員がクスクス笑っていた。でもその程度で怯むようではとても生きてはいけない。

それから一週間ほどで、CD棚の一角をかよう↓なものが占拠するようになってしまった。これだけたくさんあるとさすがに恥ずかしいのでこのことは誰にも言わないでおこうと思う。

それにしても「ノルニル/少年よ我に帰れ」などを聞いていると、プログレの最良の部分はいわゆるアニソンに継承されていることがよくわかる。このCDにはoff vocal(いわゆるカラオケ)のトラックがおまけに付いているのだが、歌なしで聞いても十分鑑賞に堪える。いままでアニソンを軽視していたことを平身低頭して謝りたい気分だ。「ロンリー・プラネット」なんか、まるっきり「スペース・オディティ」の再来だし。