引き続きビオイ=カサーレスの日記を読んでいる。こんなことで冬の祭典に間に合うのだろうか。それはともかく、1953年11月18日の項にはこうある。
二人で北アメリカのまぬけな作家たちの一人について紹介文を書く。この作家が提供したデータときたら、「既婚者。娘が一人いてその批評はとても辛辣。何とかという野球チームのサポーターである」 それに付け加えて彼が言っておかなければならぬと思っているのは、自分の文学技巧の特異性は下書きよりましなものが書けるところにあるということ、それだけだ。
「なんという作家どもだ」とボルヘスは憤懣やるかたない口調で言った。アラゴンやツァラや「そのすぐ後に続く」まぬけな作家たちの場合は、現代小説についてああ言っているとかこう言っているとか書けるので実にありがたいと僕たちは思った。
ここで槍玉にあがっている「まぬけな作家」はスタンリイ・エリン。当時はばりばりの新人作家だった。そして二人が紹介しようとしているのは長篇第二作『ニコラス街の鍵』である。
で、さすがに気がとがめたのか、今回はファレル・デュ・ボスク氏のお出ましを願うことなく、こんなことを書いてお茶を濁したらしい。「彼の文学的習熟は、決定稿以前にタイプで打った下書きよりもましなものを書くことを含んでいる」
ビオイがこの日記を書いて3年ちょっとあとに、都筑道夫がポケミスでやはり『ニコラス街の鍵』の解説を書いている。今では『都筑道夫ポケミス全解説』で読める(pp.143-147)。さすがにアルゼンチンの二人が書いたものより段違いに良心的だ。当時は情報入手手段もごく限られていただろうに、やはり都筑道夫は凄い!
それにしても、都筑道夫とボルヘス/ビオイ、この両者が地球の対蹠点でほぼ同じ時期にミステリ叢書を立ち上げて、似たような苦労をしていたのかと思うと不思議な感慨をもよおす。『都筑道夫ポケミス全解説』に倣って、『ボルヘス&ビオイ=カサーレス 第七圏全紹介文』とかいう本を作ったら、きっとすごく面白いだろうねえ(いい意味でも悪い意味でも)。「第七圏」の全揃いが手に入ったらやってみようかしらん。