最初に「誰得」と言った人


ちかごろ誰得という言葉をときどき目にする。誰得動画とか、誰得ダジャレとか……。この「誰得」にあたるフレーズは英語でもフランス語でもドイツ語でも同じで、"cui bono?"という。
これはもともとラテン語で、紀元前にキケロという人がはじめて言ったそうだ。たぶんキケロも意味不明の動画かなんかを見せられて、 「これ誰が得するんだよ……」と唖然とした経験があるのだろう。時代は変わっても人間の体験することは案外変わらないものだ。

いきなりこんな話題を振ったのも他でもない、今日読んだダゴベルトに、"cui bono?"というフレーズがでてきたからだ。ダゴベルトの親友グルムバッハが社長を務める国際鉄道株式会社は、今まさに新株を発行しようとしていた。と、そこに「自由新報」からニュースが入ってくる。なんとフランス政府が国際鉄道株式会社の上場を認可しないというのだ。あわてふためく経営陣にグルムバッハは、「おフランスの野郎がどう出ようが我々は我々の道を進めばいい」と毅然とした態度を崩さない。

ダゴベルトは早速調査を開始した。新聞社で事情を尋ねると、この記事の裏は取っていないと言う。これはヴェネツィアの特派員から来たニュースで、本当ならば編集主幹がチェックするはずなのだが、夜間に来たことだし、打電した特派員は信用のおける人物だしするので、そのまま公表したという。ダゴベルトの要請を受けて新聞社がヴェネツィアの特派員に電報で問い合わせると、折り返し「自分はそんなニュースを流した覚えはない」という旨の返電がきた。すなわち真っ赤な偽電報に新聞社が騙されたのだ。その夜の夜行列車でダゴベルトはヴェネツィアに行く……
現地警察の力を借りて、ダゴベルトは電報の発信元をつきとめ、頼信紙を見せてもらう。次いでその電報局に頼み込み、担当窓口の背後で張り込む許可をもらう。はたして次の日の夜、一人の人物がやってきた。

つまりこれは"X v. Rex"みたいな、雲をつかむような容疑者のなかから、犯人を搾り出すというパターンの物語。この種のものとしてはまあまあうまくできていると思う。