母のんきだね〜

 

 
まだダゴベルトを読んでいる。ダゴベルトが社外取締役を務める銀行から、会計係のヨーゼフ・ベンクというものが姿をくらました。金庫からは現金300万クローネが消えていた。銀行は信用にかかわるためこの事件を表沙汰にすることを好まず、ダゴベルトが秘密裏に調査をすることになった。
ダゴベルトは会計係ヨーゼフの母が下宿屋を営んでいるのをつきとめ、ピアノ教師と偽ってそこに下宿する。そして母をそれとなく観察していたが、失踪した息子について、心配している気配はまったくない。かといって息子とぐるになって悪事を働くような性格とも思えない。息子は一旗あげるためにアメリカに行ったものと信じているようだった。現金が盗まれたのを知っているのは銀行のほんの一部の者だけなので、それも不自然ではないのだが……。
 
話は全然それるけれども、「失踪」と「アメリカ」が結びついているのに、おおっと思った。というのは他でもない、友人ブロートによって『アメリカ』と名づけられたカフカの長篇が、このダゴベルト探偵譚と同時期に執筆されているのだ。そしてこの長篇は、最新の校訂テキストでは、カフカの日記の記述にもとづいて『失踪者』と改題された。この「アメリカ」と「失踪者」の結びつきは偶然の一致なのだろうか。それとも「失踪といえばアメリカ」みたいな観念連合が当時あったのだろうか。
 
ちなみに『失踪者』の原題はDer Verscholleneという。verschollenは「行方不明の、失踪した」という意味の形容詞だ。あるマンガに「地図から消えたビリジアン」というフレーズがあったけれども、そのマンガのドイツ語訳ではその「消えた」がverschollenと訳されている。このverschollenには独特のニュアンスがあって、要するに地図からビリジアンが消えるように消えるということなのだ。これについてはフロイトも何か言ってたように思う。しかしその箇所がいま探し出せない。見つかったら続きを書きます。