実際に来た手紙

魔道書ネクロノミコン外伝

魔道書ネクロノミコン外伝


まだダゴベルトを読んでいる。ダゴベルトは友人から一通の手紙を見せられた。見るとこんなことが書いてあった。「いつもお作を楽しんで拝見しております……ところであなたのお話に出てくるダゴベルト様は架空の人物なのでしょうか、それとも実際にいらっしゃるのでしょうか。しかしもし後者であるならばお願いしたいことがあるのです。わたしの母の本当の両親を探していただきたいのです。母を育てたいわゆる両親が本当の両親でないことは判明しております。しかし本当の両親に関する情報はほんの少ししかなくて……」

つまり、この「友人」とは、本文中にそれとは明かされていないが、作者バルドウィン・グローラーで、手紙は彼の愛読者からのものらしい。まあそれはよくある手だが、驚いたのはこの手紙文には作者の注がついていて、なんと書いてあるかというと「これは実際に来た手紙である。ただし名前と住所は変えてある」。エッ! と目をこすってよく見たが、まごうことなくそう書いてある。

ホームズものが人気があったころ、彼を実在人物と思い込んだ人から、事件の解決を依頼する手紙がベーカー街221bにときどき来たという。たぶんグローラーのもとに来たのもその類のものなのだろう。しかしそれを逆手にとって、そこから一篇の物語を作り上げてしまうというのは転んでもただは起きないというかなんと言うか……。しかし、譚(フィクション)の世界から現実世界に舞い込んできたものを、また譚の世界に還してあげたと考えると、作者の誠実さがほのみえなくもないような気がする。故・中井英夫が聞いたら喜びそうなエピソードだ。

ところで世紀の問題作『魔道書ネクロノミコン外伝』がいあいあ、じゃなくて、いよいよ12月8日に発売だそうだ(情報もと)。12月8日というと真珠湾攻撃の日ですな。何かとんでもないものの火蓋が切って落とされたやうな気もします。

中の一篇「サセックス草稿」は、拙豚もちょっと必要があって原文を覗いたことがあるのだけれど、あまりの凄さに目がグラグラした! 翻訳不可能に近いものを日本語にされた翻訳者の方をはじめ関係者の皆さんの労をねぎらいたい気持ちで一杯です……いろいろな意味で。