かや草に非ず、わすれ草なり

古書無月譚

古書無月譚


 本の整理をしていたら『古書無月譚』が出てきたので、またまた読み返す。いままで何度読んだかわからないけれど、やはり面白い。種村季弘がどこか(失念)に書いていたところによれば、作者の尾形界而氏は古書店主だという。つまりアマチュアの小説なのだが、そしていかにもアマチュアらしいところもあるのだが、それでも面白いものは面白い。

 この本の内容を一言でいえば稀覯本値付け小説といえよう。めったに市場に出ない立原道造の詩集『萱草に寄す』を一人の客が持ち込んで来た。大市に出してくれというのだ。この値段のつけようがないほどの珍本に、四人の古書店主が四人四様のアプローチで値を踏み、大市の入札に臨む。さて落札は誰の手に?
* 
 この小説の優れているのは、登場人物の一人一人が鮮やかに描写されていて、顔や声音までもが浮かんでくるところだ。「なるほどこういう性格の人間ならこういう行動をとるだろう」という感じで、ストーリーと性格描写のあいだにずれがない。四人も古書店主を出して、これほど鮮やかに四人四様に描き分けられた、しかも四人ともが、古書店主以外の何者でもありえない性格を付与されてかき分けられた小説が他にあるのだろうか。