金玉の如き二粒

 

 
 あとがきにはこんなことが書いてある。
 

 ぼくの今回のアマテラスの本は、アマテラス大好き! という女子や、伊勢神宮の神秘! という人たちに、ぜひとも読んでほしいという気持ちで書いた。アマテラスの魅力を直感的に感じる人に、さらにそのもっと奥には、こんな凄いアマテラスがうごめいているということを、ぜひとも知ってほしい。(本書p.232)

 江戸川乱歩の長編(実は代作)に『蠢(うごめ)く触手』というのがあったが、畏れ多くも天照大神を「うごめく」と形容するとはなんと不敬なことよ、と思わないでもない。だが本書では、まさしくアマテラスは、触手さながらに、なにやらモゾモゾと、「うごめいて」いる。

 ここでの天照大神はアザトースも三舎を避ける邪神であって、本書に頻出するフレーズでいえば「異貌のアマテラス」だ。じっさい、伊勢神宮をめざす「おかげ参り」の熱狂は、あの、かってルイジアナ州で目撃された、 "Ph' nglui mglw' nafh ……"の合唱をもしのぐものだったらしい。

 邪神には『ネクロノミコン』『エイボンの書』『屍食教典儀』などの怪しげな文献がつきものだが、アマテラスにもそれはことかかない。藤原資房の『春記』には「内侍所のアマテラスの驚くべき秘密も記されて(p.104)」いて、アマテラスは「金玉の如き二粒」であるというのだ。また、とある真言僧の参詣記録『通海参詣記』によると「アマテラスは夜な夜な蛇体に変身して斎王(伊勢神宮の最高位の巫女)のもとに通っていた(本書p.186)」(……く、クリスタベルみたいですね!) アマテラスの蛇体ぶりは室町末期に外宮の禰宜が編纂した祓え作法の秘本『元長修祓記』にも記されているという。

 アマテラス大好き!という女子よりは、夜ごとルルイエの悪夢にうなされる怪奇党諸氏にとってこそ本書は面白く読めるのではなかろうか。