楽器としての前世

 
馬渕という、人の前世が見えるという女の子が出てきて、主人公の他片(たひら)は「あんたの前世、犬よ」と言われる(p.124)。人間の前生が犬でありうるなら、別にそれがチューバであってもトロンボーンであってもおかしくはなかろう。これはそんな前世を軸とした、主人公たちの高校時代とその二十数年後の物語だ。卒業後散り散りになっていた元ブラスバンド部のメンバーは、その中の一人、異邦人めいた印象のあった櫻井、じゃなくて桜井さんの呼びかけで徐々に再結成に向かっていく。

というメインプロットはシンプルで、おそらくこの作者の作品中最も気軽に読めるものだろうが、それでいて並々ならぬ時間と手間がかかっていることを思わせる読み応えだ。特にその全体小説的な結構は、中村真一郎が生きてたらさぞ泣いて喜んだだろう。登場人物皆に救いを用意する作者の温かい眼をも含めて。

特に素晴らしいのはラストだ。ブラバン再結成のきっかけは絶妙のタイミングと理由で宙に浮き、それによって主人公たちは高校時代にも現在にもその足を地につけることなく、ただ各々の前世と交感するのみ。