L氏とマイクル・カンデル

キャプテン・ジャック・ゾディアック (ハヤカワ文庫SF)

キャプテン・ジャック・ゾディアック (ハヤカワ文庫SF)

 
クヴァルバー・メルクールをぱらぱらめくっていたら、ロッテンシュタイナーがL氏の英訳についてこんなことを書いていた。

 アメリカの翻訳には常に問題があったことは事実だ。主要なL氏の本を出版しているHarcourt Braceは何人もの翻訳者を試験的に使ってみたがうまくいかず、新しい翻訳が上るたび期待は裏切られ失望を味わわねばならなかった。しかし、それにもかかわらず、L氏のアメリカ語訳は世界で最上のものに数えられる、そしてそれはほとんど全ての翻訳に関与した一人の男の功績なのだ。彼が表向きの翻訳者ではない場合でもそうなのである。なぜなら彼はHarcourt社から出た全ての訳稿を整理、つまりそれを全面的に書き換えているから。
 しかし原著者はこの男マイクル・カンデルの関与を、それがアメリカで批評家の賞賛を勝ち得たもっとも大きな原因であるにもかかわらず、正当に評価していない。それどころか、マイクル・カンデルは翻訳に己の全てを捧げておらず、どちらかと言えば自らの文筆家としてのキャリアのために仕事をしていると悪し様にいう始末である。もちろん、反響が今より大きく、金銭的成功がもっと大きかったならば、カンデルはより以上の熱意で翻訳をしただろう――人間の性のしからしむるところとしてそれはやむをえないが、一人原著者だけはそれを理解しない。他人はすべて自分の名声を高めるのに奉仕する義務があるという幻想のなかに生きている彼だけは。

 
L氏とロッテンシュタイナーの緊張した関係がほの見える文章で、読んでてひとごとながらハラハラする。そういえば二年くらいの前のSFマガジンの特集でもロ氏の弾劾文章がのっていた。
それはともかく、翻訳の質でいうなら、むしろ日本語訳がベストではなかろうか。ことL氏の翻訳に関するかぎり、質・量ともに日本はものすごく恵まれていると思う。絶版品切がやたらに多いのは確かに問題だが、図書館にでも行って読めばいいだけの話だ。
それから、最後に蛇足ながら、マイクル・カンデルの小説は大森望氏の訳でハヤカワ文庫から二冊でています。(上の本と「図書室のドラゴン (ハヤカワ文庫FT)」)