ネゲライン『北欧伝説学』(?)

 
「黒死館逍遥」第二巻の発刊記念に、久しぶりに黒死館蔵書シリーズ。といっても今回は調査途上のメモ程度にすぎないけれど。

「そうだ熊城君、事実それは伝説に違いないのだ。ネゲラインの『北欧伝説学』の中に、その昔漂浪楽人が唱い歩いたとか云う、ゼッキンゲン侯リュデスハイムの話が載っているんだ。時代はフレデリック(第五)十字軍の後だがマア聴いてくれ給え。――歌唱詩人オスワルドは、ヴェニトシン(ヒヨスの毛茸ならんと云わる)を入れたる酒を飲むと見る間に、抱琴を抱ける身体波の如くに揺ぎ始め、やがて、妃ゲルトルーデの膝に倒る。リュデスハイムは、予てカルパッス島(クリート島の北方)の妖術師レベドスよりして、ヴェニトシン向気の事を聴きいたれば、直ちに頭を打ち落し、骸と共に焚き捨てたり――と。これは漂流楽人中の詩王イウフェシススの作と云われているが、これを史家べルフォーレは、十字軍に依って北欧に移入された純亜刺比亜・加勒泥亜呪術の最初の文献だと云い、それが培かって華と結んだのがファウスト博士であって、彼こそは中世魔法精神の権化であると結論しているのだ」(創元推理文庫版 p.321)

まずこのネゲラインとは何者であるかというのがはっきりしない。ただ一つ見つかった手がかりは、Julius von Negeleinという戦前のエルランゲン大学の教授*1で、この人が『北欧伝説学』と似たタイトルの『ゲルマン神話学』(Germanische Mythologie)という小さな本を出している。(下の画像に写っているのはその第三版(1912))。虫太郎はこれからヒントを得て『北欧伝説学』という本を作り出したのかもしれない。調べた範囲ではこのJulius von Negelein教授に『北欧伝説学』という著書はないようだ。
というのも、この人は東洋学者で、インドの民俗学を専門に研究していたらしい。NACSIS Webcatその他のウェブ情報によると、著書は『ゲルマン神話学』の他に『アタルヴァヴェーダの動詞体系』(1897)、『インドゲルマン語族アジア人の世界観』『ジャガトデーヴァの夢占い インド占術に関する一研究』(1912)、『迷信の世界史』(2巻、1931/1936)などがある。
ゲルマン神話学』は余技的な本であると著者自身も前書きで言っており、内容も(ぱらぱらめくって見た限りでは)古エッダなど北欧神話の話で、残念ながら、フレデリック十字軍は出てきそうにもない。ということで、別のネゲラインという人がいるのか、それとも上の引用は虫太郎のまったくの作り事であるか、二つに一つではないかと思う。
 

*1:『迷信の世界史』第二巻によると1936年の時点では故人となっている。