『どこへ転がっていくの、林檎ちゃん?』

この奇妙なタイトルはロシアの流行歌(?)から取られているらしい。

1931年1月、この本を読んで感動した、当時若干22歳のイアン・フレミングは作者ペルッツにあてて次のようなファンレターを書いている。007シリーズで脚光を浴びる20年ほどまえの話である。

私は、ここ五年ばかり、最上のものから究極の屑まで、イギリス、ドイツ、フランス、ロシアの現代文学を、多くは原文で読み散らかしてきましたが、ただの一度も著者に手紙を書こうという気になったことはありませんでした。
 
先週の日曜日、ミュンヘンからの帰路に、御作「どこに転がっていくの,林檎ちゃん」を購入いたしました。粗末な黄色のカバーがかかっていたので、37ページほど読むと、ドイツの警察が笑いものになったあげくに、金持ちのアメリカ人をトルレバン、ホテル・エクセルシオール・パレスの13号室で殺害したのは誰なのか分かってしまうたぐいの、車中の軽い読み物かと勘違いしていました。
 
今朝方御作を読み終わったところです、身も心も奪われたと申さねばなりません。その心理描写について、隙のないプロットについて、それから、総じてエドガー・ポーを思わせる登場人物について、長々と書きたいのですが、わたしの拙いドイツ語では、それもおぼつきません。それだけではありません。永遠の理論構築と批判が御作では無理なく、自ずから表現されているのが素晴らしい。一言で言うと、わたしはあなたの文体の、あなたの言葉の、そしてあなたの芸術の崇拝者なのです。「天才」と言う語は、長年の誤用によりその真意と価値が見失われてしまいましたが、それにもかかわらず、わたしは、あなたのこの御本こそまさに天才的と評したい。
 
御作「神よ、我を哀れみたまえ」やフランス語に訳されたいくつかの作品は大成功を収められたと聞いておりますが、イギリスではあなたの名はまだあまり有名ではありません。[・・・]わたくしが友人とともにいささかでもあなたのお力になり、より一層のご成功を収められますならば、これにまさる喜びはありません。