『世界秘密文学選書』(清水正二郎編・訳)浪速書房 1962.9? - 1965.6?

よしだまさしさんの大丈夫日記を見て仰天。朝一番で教育会館に走り、50冊くらいあったのを根こそぎ買ってきました。やれうれしや! もうガラクタ風雲の方には足を向けて寝られません。どちらの方角かはよくわからないけれど。
この膨大な量の選書を一人で翻訳している清水正二郎は、よく知られているように後の胡桃沢耕史。当時は小説や雑文の執筆のかたわら海外のエロチック文学を翻訳して生計を立てていた。その語学力はドンレヴィーの「赤毛の男(The Ginger Man)」を「ピリッとした男」と訳すくらいの頼りないものだが、これらの訳書群の真価はそんなところにはない。
胡桃沢耕史清水正二郎ストーリーテラーとしての才能は、あの中井英夫も一時耽読したと言われる位の優れた、というか一種独特の癖のあるものである。その彼が翻訳をすると、そういった過剰な才能ゆえに原文が歪みまくり、摩訶不思議な物語空間が現出するのだ。そしてたとえ原作が凡作の場合でも、彼の筆を通して訳書は妖しい光を放つようになる。ちょうど黒岩涙香の訳書群がそうであるように。そして、涙香の訳書全体が一つの世界を形作っているように、この『世界秘密文学選書』も個々の作品の翻訳というよりは、全体が一つのハーレム世界なのである。清水正二郎特製の。
文章は当時の検閲のきびしさもあってエロチックな感じはあまりしない。むしろファンタスティックという方が適切なときもある。適当に一冊選んで引用すると:

 そのたびに執拗にいどみかかってくるふたつの角――コレットは、最初のうちこそ、それを巧みに避けえたものの、ついに疲れきって、彼の一突きに、汚れた熊の敷皮の上に倒れた。コルシカ人は、得たりと、彼女の上に被さろうとした。

 だが、それを見たジネットは、とっさに邪魔しに来た。コルシカ人の背後に跳びかかったのである。さらにその肩によじ登って、座りこもうとした。そして、いま彼女は、全裸になっていた。

 するとコルシカ人は、彼女を肩にのせたまま、ゆっくり立ち上がった。そして、その頑強な脚で、広い部屋の中を、踊るようにして歩いた。それは、花畑の中を、のそのそ踏み潰してうろつき廻る、不機嫌な牡牛のようであった。

 ジネットは、その角の上で揺らぐ白いツツジの花のように、可愛い、丸顔のブロンドの姿が、バタついていた。

 彼らは、コレットの傍を、ふざけながら通り過ぎたが、ジネットは、コレットのグラスを、その手からひったくって飲んだ。彼等がシャンデリアの下を通るとき、垂れているガラス珠の飾りに、ジネットの頭が触って、ガラスが、金属的な音を立てていた。

(レスティフ・ブレトン「失われた愛」)

どうです。雑といえば雑な文章だけれども、なかなか乙なもんでしょう。こういう文章から漂う一種の香気は、昨今のポルノグラフィーには絶えて見られぬものと思うが如何