この手の物語にはあまり馴染がない。集中の作品はすべて初読。
集中のベストは『ヘルズガルド城』だろう。C.L.ムーアのストーリーテリングが鮮やかなり。小道具の「皮の小箱」がラストで光る、その使い方のうまさには、一瞬の沈黙の後、思わず拍手したくなる。また意外な、しかし伏線がちゃんと収斂する結末はミステリにおけるホワイダニットの趣きがある。セカンド・ベストはジャック・ヴァンスの『天界の眼』だろうか。能天気なピカレスクぶりが楽しい。『ヴァテック』の遠い残響が聞こえるような気もする。
解説ではヒロイック・ファンタシーの源流をウィリアム・モリスとするディ・キャンプの説が紹介されてあれど、これは少し違うと感じる。なぜなら、モリスの物語には原則として魔法使いも化物も出てこず、登場するのは原則として普通の人間だから。魔法の跋扈するヒロイック・ファンタシーとは根本的に異質のものではなかろうか。
特にモリスが影響を受けた北欧のサガ(英雄譚)とヒロイック・ファンタシーを結びつけるのは、とんでもない暴論ではなかろうか。サガとはいかなるものか? 敬愛せるラフカディオ・ハーン先生の帝国大学における講義から引用せん。
「…まず最初にほとんど形容詞のないことに注意してください。九個か十個…まあ十個としておきましょう。今あなたたちが書き取った断章はおよそ二ページ半の分量で、一ページあたりの語数は約三百語です。…つまり形容詞は百語に一語の割合だということです」 (Studies of Extraordinary Prose)
これが北欧サガの文体というものだ。ヒロイック・ファンタシーとは天と地ほど異なっている。また北欧サガの戦いは基本的には人と人との戦いである。人と化物(あるいは魔術師)の戦いではない。ヒロイック・ファンタシーの源流をあえて探るなら、少し前に翻訳の出た『狂えるオルランド』や、ドン・キホーテが耽読したと言われる『ガウラのアマディス』などの騎士道物語ではないかと僭越ながら思う。