役割分担

 

本格ミステリと叙述トリックの役割分担という点で興味深いのは西澤保彦の『神のロジック 人間 (ひと) のマジック』である。これは西澤保彦の数多い作品のなかでも屈指の名作だと思う。もっとも西澤作品は半分もフォローしていないので、未読作品の中にもこのくらいの名作がゴロゴロしているのかもしれないけれど……。ちなみにこの作品はタイトルを少し変えて「コスミック出版」という版元から近ごろ再刊された。何やら清涼院流水を思わせるような怪しげな版元名であるが、この表紙イラストはこれでいいのだろうか……*1

この作品では、作者が文章表現に技巧を凝らして読者を騙そうとしているわけではない。物語はひとりの語り手の目を通して、その語り手の目に映るままに、無造作に語られている。だから厳密な意味では叙述トリック作品とはいえないかもしれない。だが結果として叙述トリックに非常に似た効果をあげている。ために以下ではあえて「叙述トリック」と呼ぼう。

この作品ではフーダニットは本格部分が受け持ち、ホワイダニットは叙述トリック部分が受け持っている。分業が徹底しているのである。叙述トリックにまったく気づかなくても、犯人当てには支障がないようになっている。いわばりんごジュースと青汁が完全に分離して別々に味わえるようになっているのだ。その点でも得がたい作品だと思う。

つまり、本格ミステリの方の謎をカモフラージュするために叙述トリックが使われているわけではない。そこが『聖女の救済』と違うところで、「おのれ謀りおって」という怒りがわいてこない理由でもある。

*1:【12/28付記】これでいいのだ! 右下の妙な指を見逃していた。もし帯があったらこの指が隠れるであろうから実は完璧な表紙イラストだった!