皆さんは「酷暑商法」というのを御存知だろうか。
猛暑が続いて人々の脳みそがいい按配に溶けはじめるころ、特に名を秘す某版元は、それを狙ったように変な本をバババーンと出す。すると人は「おっなんだなんだ?」と幻惑されてつい買ってしまうのである。
——まるで人ごとのように書いてしまったが、かくいう自分もふと気づいたらこの『近代スピリチュアリズムの歴史』を買っていた。さっき見たらアマゾンの順位が900位くらいだった*1*2*3から、同じ手にひっかかってしまった人が相当数いるのではと思われる。おそるべし酷暑商法。
著者の三浦清宏氏は知らない名前ではない。むかしむかし、この人の『カリフォルニアの歌』という小説集を面白く読んだ記憶がある。著者のアメリカ留学中の体験が衒いなく書かれた好篇だった。窓が地面すれすれの半地下の部屋に下宿したり、下宿先の主人に下男代わりにこき使われたり、けっこうつらい目にあっているが、おそらく著者の人柄のせいでルサンチマンが表に出て来ず気持ちよく読めた。しかしその人がこんな本を書いていたとは。あたかも堀切直人氏の『グレートシフト完全ファイル』を読んだときのような衝撃である——いやそれはちょっと大げさかもしれない。
しかし暑い夏にはこの『近代スピリチュアリズムの歴史』みたいな本を読むにかぎる——「読み物」という形容は著者にはきっと不本意だろうけれど、学術書らしからぬ気軽に読める文体で書かれていて、やはり夏ならではの読み物といえよう。月の裏側を念写する話なんかは春や秋や冬に読んでもあまり面白くないのではあるまいか。酷暑刊行会というだけあってさすがに酷暑用の本では他の追随を許さない。
わたしの父親の世代くらいの人は、『オール読物』などの小説雑誌に掲載された黒沼健の怪奇実話ものを楽しんで読んでいたらしい。実際『奇人怪人物語』なんかは今読んでも面白い。うろおぼえなので間違っているかもしれないが、吉田健一もどこかで夏はこういう読み物にかぎると書いていた。そして自分でも『謎の怪物・謎の動物』というUMAものの本を一冊出している。これも面白いのでどこかの文庫で復刊しないものだろうか。