荻窪ミニヨンの怪事件

 三回目のワクチン接種を済ませたプヒ氏はヤレヤレこれで一安心と勇躍荻窪ミニヨンに向かった。そしてそこで実に奇妙な話を聞いたのであった。

 ミニヨンというのは荻窪におそらく半世紀前くらいからある老舗の名曲喫茶である。かつてここで小野夕馥氏による森開社書籍の展示会が開かれたこともある。あれは何年前だったか……ともかくもかなり昔には違いない。

 行ったことがある人は知っていると思うが、そこのトイレ正面に小さな額がかかっている。まるでホッケの『迷宮としての世界』の挿絵にあるようなチェリストが描かれ、Archivと書かれていている。これもおそらくかなり昔からかかっていたはずだ。

 その絵がなんと、この前の土曜に盗まれたというのである。長年のトイレの匂いが染みているであろう絵を、なぜわざわざ盗んだのだろう。犯人はよほどの変態なのだろうか。「ジャケット背広スーツ」ではないが、退職刑事に相談してみたくなるような不思議な事件ではあるまいか。

 ちなみに今はアルヒーフの代わりにコロンビアの額が掛かっている。「ベートーベン五番 皇帝」と書かれていて、「あれれ五番は運命ではなかったっけ」と一瞬とまどった。