昨日の日記ではニコの名を引き合いに出したが、日本でニコといえば何はともあれ堀口大学であろう。このあだ名はコクトーがつけたという説もある。
堀口の翻訳書から無理やり一冊選ぶとするなら、たぶん『酔ひどれ船』(伸展社 昭和11年)になると思う。次点は『アポリネール詩抄』か。もちろん『月下の一群』も悪くはないけれど、ちと分厚すぎるように思う。
ランボーの "Le bateau ivre" の邦訳はいくつもあるけれど、堀口のものほど歌心に富んで、格調高く、しかも意味がわかりやすいものは他になかろう。いささかも古びない日本語のみずみずしさにも驚く。
これがたとえば齋藤磯雄訳ではこうなる。(新潮社『近代フランス詩集』昭和29年)
鈴木信太郎訳ではこうなる(人文書院『ランボオ全集第一巻』昭和31年再販)
この堀口訳でもうひとつありがたいのは、随所に日夏詩の響きが聞きとれるような気がすることだ。そういえば『アポリネール詩抄』のほうには佐藤春夫の詩の響きがある。後世のわれわれは貝殻に耳をあてるようにしてその響きをなつかしむ。
晴れわたる冬の空をサッシの向こうに見て、ゆるゆると日夏と堀口の交友と影響度合いに思いをめぐらすのも、また格別な日曜の午後のひとときである。だが漏れ聞く噂によれば、平井功というのがいて、日夏にあることないこと吹き込んで、堀口との仲を裂いたという。本当か嘘かは知らないが、本当とすればとんでもない野郎ではないか。