オリンピックに勝つために

 1964年の東京オリンピックの前年1963年に雑誌『マンハント』で野坂昭如が「オリンピックに勝つために」という連載エッセイを書いていた。日本が金メダルをとるにはどうすればいいかという趣旨のエッセイだが、これが60年後の今読むとおそろしく先見的なのだ。
 
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 まず野坂は言う。「羽田空港沖に、東京都直営による『オワイ船』を配置すべきだ。……なんなら、時を決めて一斉放水、いや放ウンするのもいい。……選手達は、はるけくも来つる東洋の、その神秘にふれた思いを深くし、そして食慾を失う。腹が減ってはイクサにゃ勝てないことは、伊呂波カルタの教えるところだ」
 
 そしてさらに言う。「これから建築にかかる選手村の宿舎は、つとめて札付きの不良土建業者に一任し、その好むままに、手を抜かせる」
  
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 あるいはこんなことも言っている。「そしてこの季節より、流行をきわめるのがインフルエンザである。百以上もあるビールスの種類の、そのすべてに対しワクチン接種は不可能だ。東京の人ごみに、見物としゃれこむ選手のすべて、これにおかされることは明らかだ」

 もちろん台風への言及にもおこたりない。「伊勢湾クラスの台風が東京を襲ったら、いや、この確率は五分以上の筈だ。さだめし打ちこわされるだろう施設を復旧するのに、一ト月や半月ではどうにもならない。また、同じく破壊された住宅をオリンピックより後回しにしては、いかにお人好しな都民も怒るだろう。つまり、天災を理由に、単なる恥さらしの場でしかない大会を返上するチャンスが増えるではないか」
 
 「単なる恥さらしの場でしかない大会」というのが実に予言的ではないか。今回のオリンピックの日本勢は今までにない金メダルラッシュだったらしいが、この「オリンピックに勝つために」に学んだのではないかというフシもないではない。いやー野坂というのはすごい人だったのだなと感嘆を新たにした。60年たっても腐らない文章を書ける、本質を見抜く目がそなわっていたのだ。もちろんこんな原稿を堂々と掲載する『マンハント』もすごい。センターにヌードグラビアがついていたりして一見下品で軟派だけれど、中身の反骨精神には襟を正すべきものがある。