マッケンの事


藤原編集室のツイートによれば、平井呈一訳マッケン短篇集が近々創元推理文庫から出るという。やれうれしや。同文庫『怪奇小説傑作集1』で「パンの大神」を読んだときの衝撃は今でも忘れがたい。「恐怖は人類最古の感情である」というラヴクラフトの言葉をこれほどまざまざと裏書きする作品もないだろう。

プルタルコスの『モラリア』には「大いなる神パンは死せり」という声を聞いた話があり、パスカルも『パンセ』の中で "Le grand Pan est mort (大いなるパンは死せり) "と言ってはいる。ところがどっこいなかなか死んではいない。チェスタトンも春秋社の著作集のどこかでパンの大神に出会った話を書いていた。

マッケンで一番好きな場面は「内奥の光」の中の、二階から女の顔がのぞくところである(牧神社の『作品集成』版でいうと第一巻の96頁)。おどろおどろしい言葉は一言もないのに異次元を垣間見た気にさせる。これが平井文体の勝利でなくて何であろう。

そうそうそういえば、特に名を秘す某社の洗面所の音姫は「残酷な天使のテーゼ」なのだそうだ。もともと音姫というのは木を森に隠すものでチェスタトンの「折れた剣」みたいなギミックと思うのだが、用を足すたび「少年よ~神話になれ~」とか歌われてしまっては逆効果であるまいか。さしずめ黒死館の驚愕噴水にも比すべき悪趣味な仕掛けのような気がする*1。そこにはまた冷蔵庫が五台あるという。これもそこはかとなく不気味で、鎌倉ハムの特売でもやりそうな感じではないか。
 

*1:【後記】今はふつうの環境音楽になっているそうです。残念。